2020年3月25日水曜日

3月25日 春本番 君子蘭の本格的開花

我が家の春の恒例、
君子蘭が本格的に開花し始めました。
とりあえず、最初に咲き始めた鉢を、いくつかエントランスに並べました。

朱色が映えています。
最初に咲き始めたのは、
夜軽い暖房を入れいていた廊下に置いていた鉢でした。
1週間くらい前から咲き始めたので、
咲き始めた鉢からエントランスに出しました。
今日の朝、久しぶりに冷え込み、
我が家の車の屋根に霜がおりました。
昨日、軒下に避難させたせいか、
エントランスに出した君子蘭の花は今日も元気に咲いています。

今年は、多くの君子蘭を収納したテラスには
暖房を入れなかったので、
蕾がたくさんついていますが、
テラスの君子蘭の開花はこれからです。
霜げない程度で冬を過ごしたテラスの君子蘭は、
これから本格的に咲き始めるので、
さらに長く、花を楽しめそうです、

2020年3月24日火曜日

3月24日 猪股 & Taglioni共著中国企業の先端メーカー化論文を読んで


Inomata, S. & D. Taglioni Technological progress, diffusion, and opportunities for developing countries: lessons from China’ 
Dollar, D., E. Ganne & Z. Wang共編 “Global Value Chain Development Report 2019: Technical innovation, supply chain trade, and workers in a globalized world” アジア経済研究所他、2019 の第4章)

 本論文は、WTOOECD、世銀といった国際機関とアジ研や対外経済貿易大学GVC研究院(中国)、中国発展研究基金(中国)が共同で行う研究の成果の一部ということであり、アジ研のURLに掲載されていた論文集の2019年版の第4章である。現代の発展途上国とグローバルバリューチェーン(GVC)の関係を、わかりやすく解説した論文を集めた論集であると、アジ研の新刊書紹介には書いてあった(1)
 第4章は、中国を事例にした豊富な低賃金労働力を目当てに発展途上国向けに行われた投資による工場等が存在する国の産業が、低賃金不熟練労働力をもっぱら必要とするだけの業務(task)を担う存在から、より技術的にレベルの高い業務に移行していくことが、どのようにして可能であるかを、中国での産業発展を事例として考察するというものであった。貿易関係を付加価値ベースで把握することで、旧来の輸出入額をもっぱら見る貿易関係とは異なる、現代のGVCを反映した貿易関係を把握しようとしているアジ研の猪俣哲史(2)氏が共著で書いているということもあり、興味を覚え、久しぶりに英文の論文に目を通すことにした。
 結果は、私にとっては残念なものであった。
(本論文は、発展途上国企業でも、資本集約的な部門にモジュール化等を通して、部分的な開発で済むことにより、GVCの部分的参入を通して、先端産業へと参入しやすくなる、という議論のようである。もともと先端産業の労働集約的な部分に参入していた、スマイルカーブの底辺、組み立てのみのタスクに参加していた工場ないしは企業が、技術変化で完成品の開発も担い完成品市場へとシフトし参入することが容易となる、という話ではないようである。この意味で、誤解して読み始めた私にとっては、大変残念なものに感じた)
 本論文では、中国の単なる低賃金労働力の動員を中心とする完成品等の組立機能のみの中国現地化とは異なり、企画開発力のある完成品メーカーが中国系企業として生まれた事例として、自動車産業と、携帯電話、ガラケイとスマホを含めた携帯電話の2業種を取り上げている。具体的な話としては、モジュール化の持つ意味ということで三菱自動車が現地企業との合弁で現地企業向けに自動車エンジン工場を立ち上げ、幅広く現地メーカーに供給したことが、多くの現地系自動車メーカーの参入を可能にしたこと、これが簡単に紹介されている。
 その上で、話の中心は、ガラケイにおける台湾系半導体メーカーのメディアテックとスマホにおけるクァルコムのプラットフォマーとしての重要性と、そのプラットフォームを活用して、山寨携帯メーカーの参入や近年の小米やOPPOの参入、その結果としての多くの既存海外携帯電話メーカーの中国市場からの駆逐、さらには世界的なシェア再編が紹介されている。
 すなわち、モジュール化やプラットフォーマーの登場が、中国のような後発で先端産業での包括的な先進化がまだ完了していないような発展途上国の企業でも、現代技術の展開を活用し、先端産業で(国際)競争力ある完成品メーカーをうみだせる、ということを事例を通して示している。発展途上国立地の工業、工場あるいは企業が、先進工業国の完成品メーカーにとっての単なる組立工程のみの担当企業・工場の立場に留まることなく、グローバルな生産体系を活用し、グローバル市場での競争力を形成する可能性を得ることが可能なことを、中国企業の事例を通して示している。
 すなわち、戦後、高度な工作機械を中心に多様な産業機械や機械部品そして原材料の国内生産化等を通して国内完結型生産体制を構築し、先進工業化した日本の工業とは異なり、GVCの一部を担うことで先端産業に参入し、またモジュール化やプラットファーマーの形成等により、国内の関係産業の先進化が進展していない状況下でも、先端工業製品の開発が可能となる、このような状況を、中国の自動車と携帯電話を例に示している論文と言える。
 この限りでは、まさにその通りであり、中国の興味深い事例を通して、発展途上国工業企業にとってのGVC上での機能の大きな変化の可能性が示されたということができる。しかし、残念なのは、この論文が、ここから先、中国で何故可能になったかについての議論を十分に進展させないまま、留まってしまっていることである。多少なりとも議論が展開しているのは、プラットフォーマーが生まれたことを活用し、低価格品市場を開拓し、そこから中国の携帯電話メーカーは完成品メーカーとしての道を歩み始めた、ということまでである。
 そこから先、本論文では、現地政府にとって産業育成に必要な政策的内容等を一般的に語るだけで、何故、中国で完成品開発メーカーがスマホといった先端電子製品産業で生まれ、育ち、グローバル競争力を持ち得たかについての、より突っ込んだ分析ないしは分析の骨子の紹介さえ、存在しない。例えば、安価な携帯電話を供給できたとしているが、なぜそれを通して中国のメーカーだけがグローバルプレーヤーたり得たのか、これは明らかにされていない。インドも巨大な安価品の市場があり、一時は、インド国内市場についてだけではあるが、インド系のメーカーが市場シェアを高めたが、今や、中国系メーカーやサムスンに席巻され、現地メーカーの存在はほぼ跡形も無くなっている。グローバルプレーヤーには育たなかった。このようなことが、全く理解されないような水準での説明にとどまっている。
 インドはそれでも一時的にでも現地メーカーが、実質的に中国製品のノックダウンに近い形でだが、インド国内市場でのシェアを確保していたが、他の多くの発展途上国では、GVCのもとでのプラットフォーマーの存在にも関わらず、それすらも生じていない。このような当初は中国市場に依存して発展した中国系企業独自の可能性についての議論がないまま、中国の事例が、そのまま発展途上国一般に妥当するかのような議論となっている。中国の事例が示すように、発展途上国企業の可能性が、すなわち一足飛びにグローバルプレイヤーとなりうる余地ないしは可能性が、かつてより広がっていると言うことは確かにいえそうである。本論文はその可能性とそれを促進する根拠のいくつかを示しているが、その可能性が現実化し得た中国的状況の議論が不足している。これらの双方を議論してこそ、中国の事例を相対化した上で、他国にとっての中国での経験の意味を明らかにできると言えるのだが、その作業は行われていない。これこそが私から見た本論文の残念なところである。

 また、自国市場に依存しないGVC依存の中での部分的な先端工業化という意味では、韓国や台湾の産業発展の方が、中国での産業発展より、より適切であったのではないか。中国は、低賃金労働力を求める外資のFDI工場が大量に建設される一方で、外資が対応不可能な低価格品中心の国内市場向けに、中国系企業が国内完結型の生産体制を構築することで低価格化を徹底追及し、本格的工業化を開始し、それをベースにGVCを活用し先端工業製品分野にも進出することを実現した。その意味では、日本と同様に国内市場とともに、国内完結型生産体制を軸に本格的工業化を実現したと言える。
 それに対して、韓国や台湾の企業は、当初より国際市場を目指し、米欧日の企業が構築していた先端産業のGVCの一部に食い込み、部分的に先端化することで先進工業化を実現している。確かに、中国企業が山寨携帯で中国の低価格携帯電話市場を開拓した際には、メディアテックのプラットフォーマーとしての役割が極めて重要であった。しかし、そこでの市場は、中国系山寨携帯企業が創出した独自な市場であり、GVCが従来から対象としていた市場ではない。先進国市場でのシェア確保により先進産業に参入を本格化した、サムスン電子の携帯電話での成功や現代自動車の乗用車市場での成功とは、この点で大きく異なる。後者の2社は、従来からのGVCの主要市場に、GVCの一部の先端的部分を担うことで参入に成功した事例であり、その意味で自国の未開拓市場を開拓して企業としての発展を実現した山寨携帯企業とは大きく異なる。

先に紹介した下記の2本を含め、3本の中国関連の著作から示唆されること
1 梁鴻『中国ここにある 貧しき人々のむれ』(みすず書房、2018年)
2 トニー・サイチ+胡必亮『中国 グローバル市場に生きる村』(鹿島出版会、2015年)
 いずれも中国の産業発展の一側面を描いたものである。猪股他は、計画経済下の産業が改革開放後の段階で、発展途上国水準であった中国が、どのように変化しているを確認している。1と2は、それぞれ特定の地域、農村部を中心としたそれを描いた著作である。
 1は農民工を大量に沿岸部に送り出した内陸農村部の状況を描き、2は広東省の沿岸部の外資が大量に進出し、低賃金不熟練労働力を大量に利用する外資系工場の立地拡大ゆえに戸籍人口である元々の当該農村住民が豊かになった、農村部の姿を描いている。猪股他は、必ずしも農村部と言えないが、GVCに組み込まれることで、急激に発展した中国系企業に担われた中国産業の姿を描き、グローバルサプライチェーンの形成下でのモジュール化、プラットフォーム企業の出現、すなわち中国外での環境変化により、中国系企業のなかに先端産業の一翼を担うグローバル企業を生み出すような産業発展が可能になっていることを描いている。
 1と2は裏表の姿であり、中国立地を低賃金不熟練労働力の大量活用を目指す、先進工業国直接投資の、まさに直接的な結果を描くものとなっている。それに対し、猪股他の論文は、そのような発展途上国経済でも、外資依存から脱して、先進工業を形成する可能性が存在することを明らかにしている。ただし、議論はそこに留まっている。1と2の文献で描かれた状況と猪股他の論文での産業発展とが、どのように関わりあうのか、同じ国民経済内で、なぜ共存しうるのか、見えてこない。また、1と2の文献そのものから、当然のことながら、猪股他の叙述している産業発展の可能性は具体的に全く見えていない。

1と2の文献と猪股他の議論をつなぐ、私なりの考え
 私なりに、この点を考えれば、中国国内市場の巨大さと未開拓、外資にとってあまりにも貧しく外資の既存製品そのものではいくら安価でも通用しないような市場でありながら、安価製品については巨大な潜在的需要があり、それを既存中国系企業の中心である国有企業は開拓し得ていなかったこと、まずはこれを前提として考慮すべきであろう。市場経済で本来的な経営を行なっている大企業がすでに存在していたインドとも大きく違う市場状況でもある。このような中国の状況を表現する1事例を、遼寧省での三輪・四輪農用車という中国独自の四輪自動車企業の例でもって紹介したい。モジュール化も重要であるが、それに加えるに中国市場の独自性とそこでの担い手の独自な状況も重要なのである。
 また、同時に、これはインドと共通するのであるが、曲がりなりにも、国内に近代工業の諸要素、基盤産業的諸要素が、幅広く存在していたことである。一から近代工業を立ち上げる必要がなく、国際競争力はないにしても、海外技術を自立的に受容できるような、あるいは海外の製品を「簡便化開発」できるような工業生産力が、中国には層として存在していた(3)。また、ロシア経済とは大きく異なる点となろうが、計画経済下の状況が相対的に短いこともあり、市場経済の中心的担い手である潜在的企業家ないしは起業家が、これも層として存在し得ていた。これら2つの点についても、後掲の事例の企業は中国の独自な状況を物語る事例といえよう。
 ごく大雑把に言えば、未開拓な巨大市場があり、それを開発しようとする主体が起業家層として存在し、開発のための近代工業の基盤が当面の市場のニーズに応じる水準ではすでに存在していたが、起業家が参入するのを阻害する既存大企業が事実上存在しなかった。このようなことが、組立加工で見た海外の電子製品を、見よう見まねで自国起業・企業家が開発し、他が対応し得ないような安価品という独自市場に供給できたことで、急激な近代工業の発展が生じ、そして中国市場をめぐる中国系企業間の激しい競争の存在が、やがて国際競争力を持つスマホの小米のような企業を生み出した。このような見ることができる。その際、モジュール化やプラットフォーマーの存在は、地元中国系の参入可能な企業の層をより大きくし、競争的環境をもたらすのに貢献した、という位置付けをすることができよう。
 このような見方に立てば、本論文で取り上げている論点は、発展のあり方や競争のあり方に大きな影響を与えた論点であるが、GVCの中で発展途上国の企業が、近代工業で完成品市場へと参入可能となる基本的な経済環境について議論しているとは言えないこととなる。すなわち、‘opportunities for developing countries’ についての議論としては、欠落部分が大きすぎる議論と言わざるを得ない。

付論  三輪・四輪農用車とメーカー、瀋陽TR有限責任公司の事例
 以上の議論を裏付ける1例として、私が2005年に聴取調査をした、遼寧省での三輪・四輪農用車という中国独自の自動車企業を紹介したい。遼寧省瀋陽市で現董事長によって建築工事請負から始まった瀋陽TR有限責任公司は、1992年ごろから三輪農用車を生産し始め、2000年に四輪農用車に進出している。2005年の調査時点で従業員1,100名、農用車を年間5万台弱生産している。うち四輪が2万台とのことで、販売価格は数千元から始まり、一番高いものでも8万元(120130万円ほど)とのことである。いずれも農用のトラックで、四輪駆動車も含め3タイプを生産している。
 同社の農用車の大きな特徴は、車種は3タイプのみながら、同じ車体に外部調達している多様なエンジン等を必要に応じて取り替えて取り付けることができるように設計され、用途に応じて基本性能を大きく変え、それゆえ値段も変えるよう、エンジンさえもオプションとなっていることである。平地向けの農用車であれば大きなエンジンを積む必要はない。山地での利用が必要な場合は、粘りのあるエンジンを組み込むことになる。
またエンジンの調達先は10数社に及びニーズに応じて数十のエンジンを調達しているとのことである。同社の農用車の開発面での独自性は、このような多様なエンジンを調達しても、基本的に同じ農用車に組み込むことができるように、農用車そのものの設計について工夫されていることである。ニーズに応じた性能を満たすこと、これを念頭に、最低限の必要な出力のエンジンをユーザーの使用用途に応じて組み込むし、組み込める、というのが同社の開発の特徴である。
 エンジンを含め多くの部品を外部調達し、そのことが市場での競争優位、とくに品質を必要最小限の水準に抑えることで低価格化を実現し、競争力を得ている。多様なエンジン調達先を確保すること、確保できることで、それを同じ車体に組み込める車体設計になっていることで、このことが可能となっている。
 この事例から見えてくることの1つは、低性能だが低価格の運搬用自動車である農用車への需要が、数万台生産するメーカーをいくつも存在可能とするだけの市場の大きさであること(なお、調査時点での聴き取りでは、農用車市場は年間数百万台規模であるとのことであった)、この市場には先進工業国の自動車メーカーは参入不可能にみえるという市場面の中国の特徴である。また、低価格の多様なエンジン、この中には三菱の合弁で生産されるエンジンが最高級品として含まれるようだが、それ以外にもエンジンを外販する地場の企業が数多く存在し、それらから最も適合的な安いエンジンを必要に応じて調達できること、このような工業基盤が存在することも示唆される。そして何よりも重要なのは、ニーズをくみ取り安価な多様なエンジンを積むことのできる農用車を開発生産する企業家が存在し、それらが競争していることが示唆されることである。

 独自市場という市場特性、技術基盤の存在、市場開拓能力を持つ起業・企業家の存在、これらが中国に存在したがゆえに、中国企業の独自な発展を可能になった。そして、主体的企業家の存在から、先端工業製品のGVCを利用しての先端製品企業の形成を可能にした、という形で中国の産業発展を理解すべきではないかと思う。その先端工業製品分野への参入を、より容易にしたのが、中国外で生じたモジュール化であり、中国企業にとっての外資系のプラットファーマーの存在であるといえよう。
 
(1) 「『グローバル・バリューチェーン・レポート』は、グローバル・バリューチェーン(GVC)研究を先導する6機関の共同研究成果である。第2号の本書は、技術革新がGVCを通して各国の労働市場に与える影響を主題とし、現在最も重要と目されるトピックについて一般読者向けに分かりやすく解説した。」( www.ide.go.jp  202038日閲覧)と紹介されている。
(2) 猪俣哲史『グローバル・バリューチェーン 新・南北問題へのまなざし』日本経済新聞社、2019年。
(3) 中国での近年の産業発展をどのように見るかについての私の見解については、これまでもブログでも紹介してきたように、より具体的な内容については、拙著『現代中国産業発展の研究 製造業実態調査から得た発展論理』(慶應義塾大学出版会、2016年)を参照していただきたい。中国での近年の産業発展を、発展途上国に共通する論理、グローバルな工業技術面での環境変化といった論理だけで説明することは不可能である、というのが私の10年余にわたる中国での実態調査研究から得た結論である。同じことは日本の産業発展にも当てはまるし、当然かつては後発工業化国であり、新大陸に数多くある欧州人による植民地を出自とする国民経済の中で、例外的に先進工業化に成功した数少ない事例である米国の産業発展にも当てはまる。さらには、各国経済で共通する要素、資本蓄積の量とか労働者の教育水準とかだけで、当該経済での産業発展のあり方を議論することも不可能である、というのが私の考えである。

2020年3月22日日曜日

3月22日 池の春

我が家の池にも春が来ました。
数日前から、池の鯉が泳ぎ始め、
餌を食べるようになり、
いよいよ、本格的な春を迎えました。

大きく育った鯉は、さらに大きくなり、
元気に春を迎え、
黄金は春の陽光に輝いていました。

数年前に孵化させた鯉たちも、
それぞれ一人前になり、
泳ぎ回っています。

今日は、汚水の排水溝が、冬のゴミで詰まっていたので、
ホースを突っ込み、なんとかうまく流れるようにしました。
これで、また水をにごらすことなく、
鯉を鑑賞できます。

2020年3月20日金曜日

3月20日 サイチ&胡『中国 グローバル市場に生きる村』を読んで

トニー・サイチ+胡必亮『中国 グローバル市場に生きる村』鹿島出版会、2015
(原著、Saich, T. & B. Hu, Chinese Village, Global Market” Macmillan Pub.,2012
を読んで 渡辺幸男
目次
第一章 グローバルな村へ – 雁田の歩み
第1部      経済運営・組織
 第二章 足を洗う – 農業を中心とした村の終わり
 第三章 霊鳥を呼ぶ巣づくり – 親族、市場、そしてグローバルな生産拠点の興起
 第四章 新しいワイン、新しいボトル – 農村の集団の新たなかたち
 第五章 トラクターから自動車へ – 家庭の経済管理
第2部
 第六章 公的な提供から多元的なネットワークへ – 教育サービス
 第七章 同じ村でありながら別の世界 – 雁田の医療衛生サービス
 第八章 鄧氏の村 – ガバナンス

 第九章 雁田 – 過渡期のモデル

 本書は、中国郷鎮企業発展の主要モデルの1つ、珠江モデルに含まれる広東省東莞市の農村部にある雁田村という、深圳市と東莞市の中心部との中間にある地域が、改革開放の中でどのように変容したのかについて、フィールドワークを通して具体的に見た著作である。
 本書の存在を、中国産業発展研究での共同研究者であった慶應義塾大学の駒形教授に教えてもらった。それというのも、ブログですでに感想文を披露した梁鴻著で、出稼ぎ労働で荒廃している河南省の農村部の実態を読み、中国の農村部の産業展開を、より詳しく知りたくなり、かつて院生時代に天津郊外の農村部の郷鎮企業についての実態調査研究を行い、興味深い修士論文を駒形教授が書いていたことを思い出した。そこで、最近の中国農村部での産業動向を知りたいと伝え、教示してもらったのが本書である。
 まさに、本書は、梁鴻著とは一対の関係にある著作であった。中国内陸部から出稼ぎ労働者、農民工を大量に受け入れながら発展している沿海部農村が、本書の舞台となっている雁田村であった。ただし、受け入れている農民工の出自は、河南省ではなく、中国のより西部の内陸部の諸省からのようである。この雁田村の主要産業は、外資系企業の「三来一補」(1819ページ)形態による進出を出発点としている。また、進出外資系企業の出資者は、当初は圧倒的に雁田村出身の香港在住の華僑であったようである。この当地域出身者を中心とした香港系外資そして台湾系外資と日系企業等が、雁田村への主要な投資者であり、それらが出資する外資系企業を中心とした産業発展が描かれている。そして、当初は雁田村の農民自身が工員として外資系企業に雇用されたとのことであるが、あっという間に労働力不足になり、圧倒的な部分が外来の農民工によって担われ、地元農民は、外資系工場の工員としてはほとんどは意味をなさなくなったことが紹介されている。
同時に、行政村である雁田村は、集団として土地や工場の賃貸しに乗り出し、大きな収益を上げ、当該村の元来の住民、すなわち村の戸籍を保有している旧農民に広くその収益を分配しているとのことである。その上で、旧来からの住民の中にも、自ら住宅賃貸し等に進出し、大きな収益を個人的に実現している人々も多く生まれてきていることが示される。この個人的な資産運用ともいうべき点で、旧来の村民の間にも大きな所得格差が生じていることも示される。
大きくみると、雁田村に現在住んでいる中国人の間で言うならば、まずは村からの配当に恵まれている戸籍保有の3,489人(2008年末、18ページ)の村民と巨大な農民工層(2008年で8万人(18ページ)であり、最大期には15万人(256ページ)に達したと書かれている)との間に、大きな所得格差があると言える。同時に、旧来の村民の間にも、所得格差は大きく、資産運用に成功した村民の富は突出していることも紹介されている。

 さらに中国の他の農村地域での工業発展との対比で注目すべきは、雁田村の製造業企業に関して、雁田村の起業家によるものが見えてこないことである。それだけではなく、当初は中国系企業の存在一般も見えてこない。工業発展の中心は、調査時点まで一貫して外資系企業中心(1990年代半ばには400社とピークで、2011年末でも180(19ページ))である、と言うのが、雁田村の産業発展についての本書の叙述から汲みとれることである。主要な低賃金労働力は、外来の農民工であり、雁田村の元々の住民は、農業もやめ、されど、工業企業を起業することもなく、住宅等の賃貸しを主たる業務としているように描かれている。
 たとえば、まとめの第九章で、「近年、外資系企業数が減少するなか、村は自ら営むいくつかの企業の育成、より多くの国内企業の誘致、そしてより積極的な不動産事業の展開を試みている」(257ページ)と述べられている。当該村の戸籍保有の村民や外来の農民工による、本格的な起業による工業企業群の形成については、本書の中で最後までその内容について触れられることは無かった。
 このような農村工業の状況は、私が中国で見てきた、中国系企業家による起業を中心とした華東浙江省温州市の民営企業群(1、あるいは華南広東省陽江市でみた輸出向け金属製品製造の地元の中国系民営企業が中心の農村工業化地域の姿(2)とは大きく異なっている。また、私が参加していた3E研究院中国中小企業発展政策研究グループの仲間が調査報告した、東莞市の調査対象工業企業の中に、中国系民営企業の起業による企業も存在しているが、それとも異なった状況といえる。なお、上記の調査の対象企業として、雁田村の事例としては同村へ工場進出した香港出自の企業、茂森精芸金属の事例のみが紹介されている(1
 なお、2012年に原著が出版されており、本書の元となっている現地調査が行われた最後は、2011年である。統計的にも2012年の数字が本書の中では最新となる。

 この雁田村のすがたを、中国産業発展を議論する上で、どのようなものとして位置付けることができるのであろうか。
*中国産業発展において占めた位置の視点から
 私自身は、2000年から本格的な中国での現地産業企業調査を行ってきた。その最初の調査対象が同年夏の浙江省紹興と温州の工業中小企業とその製品のための卸売市場であった。いずれも国内市場向けに、現地企業が多数形成され、産業発展を遂げている最中の華東の工業企業であり工業地域であった。それらの企業について出自で見ると、紹興では各レベルの郷鎮や村落が創設した本来的な郷鎮企業が民営化しつつあるのが中心と言える状況にあったのに対し、温州では紅い帽子をかぶっていた隠れ民営企業が、帽子を脱いで本来の民営企業としての姿を表面化させ本格的に拡大し始めたところ、といった違いはあった。が、いずれも、中国系企業の中小企業としての簇生し、それらの発展を中心とした産業集積地域であった。
 それに対して、本書で取り上げられている農村地域の工業形成は、香港系の華僑の進出を中心とした、海外市場向けの外資系工業企業の工場建設投資の結果として生まれたものである。担い手は、当該地域出身の香港在住者ではあるとしてもあくまでも香港系外資であり、あるいはそれに触発された台湾系や日系企業という外資である。また三来一補と表現されているように、外資が材料等を持ち込み、地元の他企業とのつながりをあまり持たず、輸出市場向けに組立等の特定の機能のみを、この地域の工場に担わせているのであり、産業集積地域としての一定の特徴づけ、何らかの集積の経済性を持っているようには描かれていない。
 この点でも、産業集積としての集積の経済性を発揮していると見ることができる紹興や温州の産業とは大きく異なっている。雁田村では、1980年代初めから地元出身の香港在住の企業家の投資を積極的に受け入れ、外資系企業群による農村工業化を実現している。当初は地元農民が工場労働者化して、外資系企業のニーズに応じていたが、瞬く間にその数は足りなくなり、先に見たように戸籍人口の数十倍もの外来農民工を受け入れ、その労働力供給で外資系企業の工場労働者需要を充足したのである。そのような農村地域での工業発展のあり方は、2010年に至るまで、基本的なあり方としてはほとんど変化なく、ただ工場の絶対数や外来労働力人口の大きな増減の変化のみが生じたと、地域産業の視点からは見ることができる。
 紹興や温州のような地元資本企業の創業による国内市場向けの工業形成ではなく、あくまでも外資系企業への豊富な低賃金労働力供給の場となることで、雁田村の工業化は進展した。それは、30年間にわたり、大きくその状況を変えることがなかったというのが、本書で描かれている雁田村の姿である。さらに言えば、当該村の戸籍住民は、その結果として、集団としての土地貸し業と個人的な住宅賃貸業への進出が可能となり、大いに繁栄した。豊かな農村生活を、農業から離れることで実現したことになる。所得面で恵まれただけではなく、戸籍人口であることで村の工場用地等の賃貸し業等での集団経営の成果を生かし、教育や医療面でも、梁鴻著で描かれた河南省の農村とは大きく異なり、都市に負けない生活環境を実現したことが、本書で描かれている。
 しかし、このような状況を見ると、本書の舞台である雁田村は、産業発展地域として、2010年には、従来の方向での発展のほぼ限界にきていたと言えるのではないかと推察される。すなわち、一方で、農民工の賃金は上昇しているだけではなく、不足化傾向が顕著であり、豊富な低賃金労働力を求める企業、たとえば富士康のように深圳での工場拡大が限界にきた中で、豊富な労働力の供給源により近い河南省鄭州市へと進出したり、あるいは東南アジア諸国へ立地展開したりする動きが顕著である。遠来の豊富な低賃金の外来農民工に依存する外資系大規模工場を、珠江デルタ地域、その中でも深圳市に近接するような雁田村に誘致することは、労働力確保困難と土地不足との双方で困難になってきている。
他方で、すでに中国国内各地では、旧来工業やICT産業等の新分野を含め、多くの分野で自立的に発展する産業企業の形成を実現している。その中で、本書の対象地域は、2010年代にはいって、豊富な低賃金労働力のみを求めるような外資系企業への依存が工場数、雇用労働力数の大幅減という形で限界にきたことを自覚するに至り、それとは異なる道を模索しようとしている。2010年までには、中国国内に多様な産業基盤が中国系企業や中国国内市場志向の外資系企業によって形成されている。しかし、これら企業の地域内簇生は、雁田村では全く生じていないようである。内発的な中小企業簇生状況にない雁田村としては、その選択肢は限定的なものとならざるを得ない。
残されている選択肢は、深圳市や東莞市内で独自に発展してきている中国国内外市場向けの新興企業群への近接立地を生かした関連産業企業工場の誘致を行うことのみであろう。これ以外に何か存在するのであろうか。あらためて村の集団や戸籍住民が小商いを超えた産業企業を創業することができるのであろうか。ある意味外資に依存して豊かになることができてしまった雁田村の戸籍村民にとって、その豊かさを維持しながら成果を上げることができるような新たな事業展開が自生的に可能なのであろうか。私には、非常に疑問に思える。
 深圳市に近接するという立地ゆえに外資系企業の進出し豊かさを実現した地域の住民が、これから改めて始める新規参入の企業群が、自らが域外市場での競争を通して豊かさを実現してきた地域の既存中国系企業群と、後発企業でありながら競争可能となる存在になることができるのであろうか。例外的には存在可能かもしれないが、数千人の戸籍村民の規模でさえ、それらが依存し得るような一定規模の企業群を形成することは、ほとんど不可能であろう。ましてや農民工として当地に来、定着している新莞人と言われる人までも、それなりに豊かにすることを可能する企業群をこれから作り上げることなど、ほぼ不可能であろう。
そうなると、地域として可能なことは、あくまでも、雁田村の地理的立地上の特性を活かし、深圳市内や東莞市内で生まれ、依然として両市に近接立地することが必要な産業企業の拡大の際の工場立地の受け皿として、地域外資本企業の工場立地に依存することということになる。これこそ有効な地域発展ないしは地域繁栄維持の道といえそうである。この点は、本書の最後に書かれている雁田村の幹部の話、「製造業を先細りにし、雁田村経済のサービス化を図ることなどできない」ということ、「彼らは中国の私営企業の誘致に重点的に取り組んできた」(265ページ)ということは、まさに妥当な選択といえよう。
 しかし、同時にこのことは、雁田村の事例を通しては、中国産業発展の現状を見ることは不可能である、ということを示唆していることになる。新たな中国国内での産業発展は、多くの農村工業の転態をも通して見ることが可能であるが、雁田村はその対象外にあるということになる。すなわち、中国産業発展の見地から、中国農村工業の積極的展開に注目するとき、梁鴻著の河南省の村も、本書も、直接それを議論するためには、参考にならない、ということになる。

 中国他地域との競合の視点から
 深圳市の新産業集積との近接性を活かし、その周辺地域として企業工場誘致を行うこと、これが雁田村の今後の主要課題であろう。そうなると、次は、供給するに十分な広さの土地の存在とともに、十分なそれなりの水準の相対的に低賃金である豊富な労働力の供給となろう。土地と労働力をめぐって、同様に深圳市の産業集積に近接する諸地域、諸農村部と競合していることになる。まずは深圳市を中心とする産業集積が、グローバル市場で優位になり、一層発展すること、これが第1の前提条件であろう。その上で、深圳市周辺地域の一部として、雁田村は他の周辺農村部の村々と競合していることになる。
 いわば、改革開放初期に、香港からの外資を誘致するのに有効だった同郷人のネットワークのように、深圳市に進出あるいは創業立地している企業群の工場進出を引きつけるコネクションの存在も重要であろう。しかし、現時点となると、深圳市の企業群は多様であり、かつ激しく競争している企業群である。それらの企業の工場立地を当該村に引きつけるには、企業経営上での合理的な選択理由こそ重要となろう。それが、本書を通しては見えてこない。そもそもの交通インフラ上、深圳市と東莞市の中心地との中間にあるという物流上の優位は存在する。しかし、それ以上の叙述はない。農民工として当地に近年やってきた新莞人と呼ばれている人々の、村での地位が大きく変わったわけではない。また工場用地の不足も、当地に工場立地していた日系シナノケンシの安徽省での新工場建設を例に紹介している(265ページ)。行き詰まり状態をどうやって克服するのであろうか。あるいは、ある程度の外資系工場の集積状況の存続に安住するのであろうか。本書の叙述の限りでは、ほとんど見えてこない。

(1) 日本貿易振興機構海外調査部編『3E研究院事業報告書(別冊)「中国中小企業発展政策研究」企業訪問インタビューノート−』同所、20042月 を参照。
(2) 渡辺幸男「華南のステンレス製食器産地からの示唆 ―華南調査ノート―」(丸川知雄編『中国の産業集積の探求』(現代中国研究拠点、研究シリーズ4号、東京大学社会科学研究所、20093月)第5)を参照。