2019年3月30日土曜日

3月30日 FT記事「これまで秘められてきた中国の投資行動」を読んで

20193月30日
FT記事 E. FENG & D. Pilling Chinas hidden investment drive’ 
FT BIG READ,  AFRICAN ECONOMY(Financial Times, 28 March 2019, p.7)
を読んで 渡辺幸男

<私が理解した記事の内容>
 大変興味深いFTの特集記事を読むことができた。直訳すれば、「これまで秘められてきた中国の投資行動」とでも訳することが出来るタイトルがついた記事である。
これまで、中国政府による政府等の借款を通してのアフリカ諸国へのインフラ投資については、数多く新聞記事になってきているし、私もよく読んできた。中国政府系企業を核とするfree trade zoneの建設についても、多少は情報を得てきた。また、アジア経済研究所の中国産業集積研究者でもある丁可氏等による中国商人のアフリカへの進出による新市場形成についての研究報告や、立命館大学のアフリカをフィールドとする文化人類学者小川さやか氏によるアフリカの現地小商人による中国華南や華東への買い出しに関係するような研究報告を、かなり目にし、読んできた。しかし、今回の記事は、これらとは大きく異なる内容のアフリカにおける中国民営起業(企業)家についての紹介記事である。これらの民間の起業(企業)家はアフリカでの製造業関係のFTZの構築を通じて、生産工場としての進出を意図しているし、ある程度それを実現している、という記事であった。
事例として大きく取り上げられているのは、Wilson Wu氏によるナイジェリアでの地元地方政府から土地の提供を受けてのfree trade zoneの構築の話である。ここでまず指摘されるのは、彼は、2011年にミャンマーでの中国国有企業の電力事業に技術者として関わったのち、冒険を求めナイジェリアにやってきたことである。ナイジェリアでも産業インフラと呼べるようなものが何1つない地域で、ナイジェリアの地元地方政府から2.24平方キロメーターの土地のみを提供され、Guangdong New South Group(広東新南方集団有限公司()だとすれば、同社のホームページ(http://www.gdxnf.com)によれば、同社の創始者は漢方医で、広東省出身の医者であり、かつ不動産業へと進出し、漢方薬生産についても関わっている企業のようである)が過半を所有するFTZを立ち上げた、ということである。すなわち、天然ガス発電による電力の安定的供給や、水道や全天候型の道路といったインフラそのものを、まずは作った。
そのような努力は、7年後の現在、FTZに50社の企業が進出し、タイル、スチールパイプ、家具やトマトソースといった製造業企業の工場や、印刷業やプラスチックリサイクル業者が立地しているとのことである。しかも、Wu氏の目標は、今後15年から20年をかけて、今の200倍、大学のR&Dセンターを含むような1万社の産業集積をナイジェリアを含むアフリカ各地に作ることである、というのである。
近年、ナイジェリアは産油国化することで為替が高騰し、国内の工業的生産が壊滅し、歯ブラシのようなものでさえ輸入に依存することになっている。ここを世界に向けた生産拠点にするということなのである。それゆえ、これらの工場では、当面は、原材料をナイジェリア国内で調達することはできず、最終組立だけをナイジェリアで行なっているとのことである。その際、彼らは、為替変動リスクを避けるため、ナイジェリアの木材や大理石を人民元建てで輸出し、(中国からの?)原材料の輸入にあてている、と紹介されている。
その上で、ナイジェリアに工場立地することの意味を、米欧向け輸出での関税無しの対象地域としてナイジェリアの活用にあるとも述べている。しかし、具体的にどんなものを、どこに輸出することを考えているのか、今ある50の工場が実際、どのような製品について、どの程度の量を、どこに輸出しているのか、あるいは、工業製品輸入に頼るナイジェリア国内市場向けがどの程度あるのか、それらの点についての言及、踏み込みはない。
 ただ何よりも強調されていることは、企業家精神に富んだ民間の中国人たちが、大量にアフリカ各地に進出し、良いにつけ悪いにつけ、現地に極めて大きな影響を与えている、ということである。

<この記事から感じたこと>
 これを読み、何よりも感じたことは、商業的活動としてではなく、工業生産の担い手としての進出、その進出のためにFTZの構築そのものまでに、民間の中国人起業(企業)家が大量にアフリカに進出し、すでに成果を上げ始めているということである。ただ、その中身、FTZで生産された製品が、現時点で、どのような市場で販売され、どのような競争力を、中国それ自体やアセアンで中国企業が生産している製品に対し保持しているのか、これが全く見えてこない。
FTZの来歴等を見ると、中国華南への日米欧の企業の進出、その際の委託生産加工である「来料加工」(土地と建物と労働力を地元政府が提供し、外資が機械から原材料全てを持ち込み、輸出向けに外資自らの管理下で生産する独自な委託生産加工)の姿を思い出す。しかし、そこで描かれているのは、当時の中国海岸地域以上の、いわば工業基盤としては原始的な状況からの出発であり、進出企業が水や電気そして道路に至るまでのインフラを建設することで輸出向け工業団地を建設する姿である。さらに興味深いのは、初等教育水準にとどまる現地労働力は、機械のオペレーターとしての不適格な労働力であると中国企業経営者にみなされていることである。ラゴスの中国系医薬品工場では約400人の雇用者中45人が中国人とのことである。現地人労働力を中心としていた中国の来料加工と異なり、現地労働力の活用もなされるが、大量の中国人労働力の利用も不可欠な、アフリカの工場の状況を示しているのかもしれない。
 このように見てくると、主要な事例であるFTZ構築企業を通しては、極めて楽観的な展望が示されているが、実際に抱える課題は大きく多数あると推測される。国内市場向けか、それとも米欧市場向けか、それをどのような部材を使用して現地の労働力をどの程度活用して生産するか、市場と生産のほぼ全ての側面で、大きな課題ないしは問題を抱えていると推測される。それにもかかわらず、中国人の現地経営者は極めて楽観的に可能性を述べている。ここにこそ、民間の中国起業(企業)家の特徴があると言えるのかもしれない。冒険としてナイジェリアにやってきて、そこで華南の企業の資金を活用し、50社規模のFTZを、7年かけて、インフラそのものから構築した中国民間起業(企業)家の積極性である。
これまで研究報告として私が見てきた、商人的な活動の場としてのアフリカそしてアフリカ市場とは異なる形で中国とつながるアフリカが、ここには存在すると言える。また、私が1980年代半ばの欧州で見た、現地人むけに中国料理店を経営する中国人経営者とも異なった存在である。中国の民間大企業によって資金的に支えられ、アフリカでのベンチャーが可能となっている側面が存在するのであり、資本蓄積を進めた中国本土の持つ力を活用した新たなタイプの中国人起業家の進出例といえそうである。
 そのような民間の中国人起業(企業)家にとって、起業の場として、さらには生活の場として、相対的に見れば、アフリカは現在の中国本土に比しても勝るとも劣らないと認識されている。だからこそ、層をなして、自立的中国人起業(企業)家がアフリカに進出してきている。これの断面を活写したのが、この記事であるともいえよう。
 私が、かつて中国遼寧省瀋陽等で見た、温州人が、温州人ネットワークを活用しながら、中国国内でだが、温州市から遠く離れた地で、ゼロから市場を確保し、温州産の製品を中心とした市場である温州城を中国各地に作り、それを足場に後続の温州人が商人活動から生産活動へと進出する姿と重なるものがある。そこでは、結果として、温州人により瀋陽等に工場群が構築され、産業集積が形成された。それと同じような現象が、華南や華東の中国人によって先進工業国イタリアで、既存の産業集積を換骨奪胎するかたちで生じたことは知られている。そのようなことがアフリカでも生じている、ということであろうか。しかも、産業インフラがほとんどないところで、民間企業そして民間の起業家によって、1から生じているというのである。ただ、記事では、FTZとされているように、米欧向けの輸出生産基地として、ナイジェリアの産業集積が活用されている、あるいは、されようとしていると書かれている。ナイジェリア市場向け生産開始の側面は、すべての工業製品を輸入に依存するとしながら、言及が記事の中にはない。
FTZに進出した50社にとっての市場と原材料・人材確保のあり方、これらを具体的に見てみたいものである。中国人起業家により新たに構築された産業集積が、ナイジェリアにどのような意味を持つものとなろうとしているのか、多少なりとも見えてくるであろうから。

<補足的な注目点> 
 さらに中心的テーマでないため、簡単に言及されているだけであるが、人民元を利用した貿易取引が、アフリカに進出した中国人により、アフリカの輸出資源と中国からの部材調達とのために利用されていることが指摘されている。すなわち現地通貨の不安定性を回避するため、米ドル建てで取引をするのではなく、人民元建てで取引をしているのである。海外進出の民間中国商人が担う、人民元の国際化の本格的始まりを示しているのかもしれないと、私には感じられた。

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