報告レジュメ
工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
藤原氏の言う繊維産業(主として布帛(織布)・アパレル(縫製)生産)の「再編」とは何か
産業としての復活過程? ロシア産業高度化の一環としての繊維産業の縮小、
それとも、ロシア産業構造劣化の象徴的存在なのか
藤原克美『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』(春風社,2012年)
(吉井昌彦・溝端佐登史編著『現代ロシア経済論』(ミネルヴァ書房,2011年))
を読んで考えたこと
渡辺 幸男
産業論演習
2015年4月14日
目 次
はじめに
Ⅰ 藤原克美著の概要ノート
1,ソビエト時代の工業の概要
2,ソビエト解体後のロシアの状況
3,「第12章 繊維産業と2008年金融危機」「4 おわりに」の要約
Ⅱ 吉井昌彦・溝端佐登史編著の一部についてのノート
Ⅲ これら2つの著作が示唆すること
Ⅳ 以上の議論からの示唆
1,市場経済下での産業発展のために何が重要か
2,広範な工業発展がない中での軍需産業関連の発展をめざす政策の実現可能性?
3,残された疑問
4,最大の示唆
参考文献(ロシア関連)
工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
はじめに
本報告は、報告者が藤原克美(2012年)を読み、「工業化」とは何かを考えた結果についての報告である。同書が産業研究として高く評価されるとは必ずしもいえないが、その著作で描かれたロシアの繊維産業の状況とその変化が、工業化とは何かを考えるうえで、大変興味深いものであったことから、本著作を取り上げ、紹介し、いくつか報告者が考えたことを提示し、報告のまとめとした。なお、報告者は、ロシア経済について全くの素人であるので、入門書等を多少参考にしながら、同書を検討した。より具体的に言えば、検討課題は、同書が言うところのロシア繊維産業(主として布帛(織布)・アパレル(縫製)生産)の「再編」とは何かである。産業としての復活過程なのか、ロシア産業高度化の一環としての繊維産業の縮小ということなのか、それとも、ロシア産業構造劣化の象徴的存在なのか、という疑問である。この点に対する見解と、その理由・根拠を考え、本報告のまとめとした。
(以下、上記著作紹介での「 」内は著書からの引用、( )内は渡辺のコメント、 は報告者による)
Ⅰ 藤原克美著の概要ノート
1,ソビエト時代の工業の概要
* 表1-4 工業部門別平均従業員数 千人(27・28ページ)
1940年 1980年
全工業 13079 31593
燃料 808 2418
機械・冶金 3519 15612
軽工業 2853 5218(軽工業の主たる部分は繊維産業)
食品 1568 2978
* 「表2-10のようにソ連国内の繊維機械の生産は1975年まで増大した後、縮小に転じている。1970~1986年に繊維機械の輸入は10倍に膨らみ、設置機械に占める外国製機械の比重も1970年の23.3%から・・・1986年の53.4%へと上昇した」 「イタリアやドイツの機械が積極的に導入された」(39ページ) (しかし、半分近くは依然として国産)
* 表2-10 (40ページ) 繊維機械の生産 千台
1940年 1975年 1986年
紡機 1.1 5.4 4.1
織機 1.8 31.3 21 (織機だけで2万台生産)(2000年には、113台へ)
(日本:2013年生産、織機17千台、紡機779台、工業用ミシン生産96千台
(国内販売162千台)(『平成25年 経済産業省生産動態統計年報』))
* 「低い生産性と低品質」
「生産性の低さをもたらす要因としては、不規則な原材料・中間財の供給、停電など外的な問題のほか、緩い労働規律や技術の遅れなど」 「実情を無視した極端な機械の導入も、生産性の低下を招いた」「原料の浪費も大きい」(41ページ)
(即ち、企業の内部の経営は存在したが、その規律はきわめて弱く、低水準)
* 生産性上昇率 図2-4・図2-5 1960年=100の1990年の状況(43ページ)
織布一人当り生産量 フランス300 ソ連 150
織機1台当たり生産量 320くらい 110くらい
(織機の多台持ちの進展で多少生産性上昇、織機の性能は繊維機械の輸入増大にもかかわらず、余り上昇せず)(60年代以降の変化をフランスと比較しても鈍い)
(ちなみに、日本の綿紡績について、生産物単位当たりの所要労働時間指数をみると、1970年を100として、1959年が199.9、1973年が73.3((旧)労働省『労働生産性統計調査報告』)であり、綿糸の時間当り生産量は約半分の14年間で2.7倍に)
2,ソビエト解体後のロシアの状況
* ロシアの部門別生産量 1990年=100 1995年 (55ページ)
鉱工業50、電力業80、燃料工業68、機械工業40、軽工業19、食品工業52
ロシアの部門別工業生産人員数 1990年=100 1995年 (58ページ)
鉱工業66、電力業138、燃料工業106、機械工業51、軽工業60、食品工業98
(生産量の大幅減少に比し、生産人員数の減少が相対的にわずか=生産性低下顕著)
* 「国民の実質所得は、1990年代前半には1991年のほぼ6割に低下」
「実質所得の低下は、繊維製品に対する需要を全般的に制約」
「家計の支出構造の中でも衣類への支出の比重は低下」
「国内企業が満たしうるのは低価格ゾーンの商品であるため、
所得格差が徐々に拡大する中で、需要はさらに限定されていった」(67ページ)
「輸入品の氾濫」(67ページ)
「『縫製工業』1995年7~8月号によると実際には織物で40%、
ニット製品で50%、靴下で30%が輸入」(68ページ)
販売量に占める輸入品の割合 (69ページ)
1995年12月 男性用シャツ57%、男性用ズボン46%、女性用ブラウス65%
* 「「業界団体」としての体裁を整え、機能」「ロスレフプロム」
「現在の加入企業は640にまで増加」(118ページ)(日本2009年の繊維製品企業16,622+)
* 原料調達可能な商社による委託加工化
「「原材料持ち込みシステム」とは、いわゆる委託加工」(123ページ)
「生産企業側の運転資金の不足から、未払いの累積や減免の販売難が生じたために、原材料持ち込み加工が普及」「自ら販売先を開拓することは、商社にとっては、川上から川下への事業の拡大のきっかけともなりうる」(124ページ)
「商社の多くは、綿の取引を主な事業とする専門商社」
「原材料供給ルートの断絶の中で新たに誕生」(125ページ)
* 図8-1 ロシアの部門別生産量 1991年=100 2009年 と 図8-2
燃料・エネルギー資源120弱、機械工業40(2008年には60)、
テキスタイル・アパレル20(2007年には25くらい)、食品工業80
表8-3 製造業、特に機械工業の生産が急減している表
機械の中でも乗用車のみ1992年を100として2005年に110.9、後はいずれも100以下。冷蔵庫が87,タービンが58だが、トラクターは7,金属切削機は9,プレス機は9である。(146ページ~149ページ)(ただし、乗用車生産2005年107万台うち、純国産車91万台、 2012年197万台へ倍増、純国産車64万台に大幅減少で92年を下回る。かなりのKD化++)
(産業機械は1割以下に減少という、台数をもとにした指数)
* 表8-5 繊維産業の基本的指標
1992年 1996年 2004年 2005年 2008年
企業数 10.2千 22.8千ピーク 13.8千 (15.9千) (14.7千)
工業生産人員 1,845千ピーク 604千 (495千) (333千)
全織物(百万平方米) 5,090 1,431ボトム 2,869(2003年) 2,485
靴下(百万足) 626 ボトム154(1998年) 319
メリヤス製品(百万点) 456 ボトム45(1998年) 119
コート(百万点) 17.2 ボトム1.2(2001年) 1.5
シャツ(上衣)(百万点) 57.3 ボトム2.5(1998年) 4.0
企業数と工業生産人員の( )内は、テキスタイル・縫製(151ページ)
(織物の生産量は半減だが、外衣のコートやシャツは10分の1以下への減少)
+経済産業省『平成21年経済センサス』(同所『繊維産業の現状及び今後の展開について』2013年p.11)
++坂口泉(2013) p.2
* 繊維産業用機械の生産 台
1990年 2000年
織機 18,300 113 (0.62%への激減)
リング編機 345 2 (0.58%への激減) (153ページ)
* 表8-10
国産/輸入 2001年6月 男性用背広 69.5
女性用ブラウス 90.8
概して国産品が輸入品より10~40%安い (154ページ)
* 縫製業について興味深い点は、
「ロシアのアパレル部門とテキスタイル部門は、製造品目の需給構造が合わないために取引関係はほとんどない」「伝統的な紳士服メーカーの・・・生地もほとんど外国製」「テキスタイル企業でも、川下の縫製産業への進出が盛んだが、その大半は技術的にも単純な寝具」(194ページ~198ページ)
(10分の1に生産縮小した国内アパレル生産にも、国内布帛生産は素材を供給できない)
*「上位15社・・・ソ連時代から存在する企業がほとんど」194ページ
* 表11-4 縫製品市場の変化
2008年 売上高に占める生産量 16.8%
売上高に占める公式の輸入量 38.6%
売上高に占める闇の輸入量 44.6% (216ページ)
* 「2000年代半ば以降の繊維産業では、国内企業が市場を獲得しうる部門としては、国産織物を利用したシーツおよび作業着を中心とする若干の衣類にほぼ限られていた」 (219ページ)
3,「第12章 繊維産業と2008年金融危機」「4 おわりに」の要約
「2008年の金融危機を経験したロシアの繊維産業」
「ロシアの繊維市場のグローバル化」
「不法な輸入品の比重は4割と高く、低価格ゾーンを支配」
「公式、非公式を問わず、主要な輸入元は中国とトルコ」
「高級品では欧米からの輸入が多く、EUにとってもロシアはスイスに次ぐ
第2の繊維製品輸出国」
「市場のグローバル化が企業の再建や構造転換につながらない独自の特徴」
「破産した企業の生産再開は、経済的な合理性ではなく、
雇用の安定を優先する中央及び地方政府の強い意向による政治的決断」
「軍服などの国家発注が企業の業績を左右」(232ページ)
「市場競争を基礎に生産の拡大を目指す企業も存在する」(232・233ページ)
「ごく一部の企業には、グローバルな競争の下でも生存の可能性が
ある程度残されている」
「これらの企業のターゲットは、寝具や子供服といったニッチの領域」
「産業そのものが崩壊寸前にある中で、経営努力を重ねている企業があることは
明るい材料」(233ページ)
(この企業数が余りにも数が少なく、可能性が皆無ではないとしても、限りなくゼロに近い)
「低品質・高コスト構造をソ連から引き継いだロシアの繊維企業は
国内市場で充分な競争力を持たなかった」
「繊維産業が鉱工業の普遍的特徴を備え持つ」
「生産の回復を含めて繊維産業の動きが遅いことは、同じく普遍性を持つ
ソビエト経済体制がいかに深く当該産業に根付いていたかを物語っている」
「ソビエト経済体制の特徴」「官僚主義的調整とパターナリズム」(233ページ)
「各経済主体に埋め込まれたソビエト的な行動様式は、このように根強いもの」
「私的所有が生まれ、市場の競争圧力があっても、それは自動的には生産性の上昇をもたらさないことを示していた」
(そのために、既存企業の崩壊・破壊の下での新企業簇生が必要だが、その兆候は見えない)
「国家の政策が産業の衰退の速度を緩和することはあっても、行政的な資源配分によって産業を維持する意思はもはや国家には存在しない」
「伝統的な企業の市場からの退出が国家によって阻止されうる点と、金融規律の緩みという、ソビエト経済体制のまさに根源的な部分がわずかながら残されている」(234ページ) (過去の経営諸資源の蓄積が、経営不在により、活用されないまま、劣化)
Ⅱ 吉井昌彦・溝端佐登史編著の一部についてのノート
「第3章 マクロ経済・産業構造」の一部要約
1 マクロ経済の特徴
2 2000年代高成長のメカニズム
3 エネルギー産業の動向
4 製造業発展の可能性
(1) 製造業の発展戦略
「製造業を発展させて、経済を多様化することが経済の領域における最大の中長期的課題と位置づけられている」(68ページ)
「「イノベーション・シナリオ」というものが想定され」「重視されている製造業部門は、航空機産業、ロケット・宇宙産業、造船業、無線電子工業などである」(68・69ページ)
「このうちの最初の三つの部門は、ソ連時代にはロシアが競争力を有していた部門」
(航空機産業、 (ロケット・宇宙産業、) 造船業が「競争力」を有していた?
海外企業との競争が無い中でどんな「競争力」を有していたというのか?)
「ソ連崩壊により、競争力や市場を失っていたこれらの製造業部門を、国のてこ入れによって建て直そうというのが基本的な戦略」
「自動車や家電、あるいは繊維製品などといった消費財を生産する部門を重視する戦略ではない」 「ヴァルガ自動車工場に代表されるロシアの国産メーカーにおける外資導入の遅れ、それによる技術革新の遅延と競争力の伸び悩みといった問題が現れている」(69ページ)
「ルーブル・レートの動態」「オランダ病」
「ルーブル・レートの上昇率の鈍化」「輸入代替」
「国内製品の技術や品質の水準を向上させるうえで、前項で述べた外資の受け入れ拡大がこうした輸入代替型発展の前提となる」(70ページ)
(経営が存在してこそのオランダ病。為替高故の輸出困難による工業縮小ではなく、既存工業企業の市場対応力(経営)欠如故の縮小、その下で、既存企業と代替する市場対応新企業の簇生がなく、どうして輸入代替が可能といえるのか理解不能)
Ⅲ これら2つの著作が示唆すること
*ロシア経済の非工業化、ないしは輸入による代替に基づく非工業化
(輸入代替的工業化、すなわち輸入製品の国内生産化・工業化ではなく)
ソビエト時代には、素原料の生産から部材生産、産業機械生産を国内で実現
= 国内完結型の工業生産体制の構築(低品質・高価格であろうと)
(ソ連末期には一部産業機械の輸入も、しかし、国内生産も維持
=フル・セット型の工業生産体制は維持していた)
既存の企業(事業単位)の縮小しながらの残存の多さと、新規参入・創業の少なさ
産業機械生産の壊滅的縮小
国内生産連関の寸断、川上製品(部品や材料)の輸入への代替化
国内市場としては、縮小したが6割以上を維持し、その後回復
1億4千万人強の市場 日本より大きな人口
(しかし、ガラパゴス的発展の可能性の存在がまったく見えない)
*非工業化の理由
オランダ病 資源輸出国化による高為替レート ⇒ 輸出競争力の喪失
⇒ 製造業衰退か?(市場経済下の企業経営の存在を前提)
オランダに存在したのは国内市場が小さな市場経済下の輸出依存工業と企業では
ロシアは1億4千万人の国内市場 内需依存型の工業発展可能
もともと国内国有企業(事業単位)は、輸出依存型ではなく、内需依存型工業
内需依存工業の、輸入への代替型非工業化であり、
輸出困難化があるとしても、東欧諸国等の旧ソ連圏への輸出部分のみ
輸入への代替 内需向け生産工業と市場の存在下での、輸入へのシフト
繊維産業については、高級品を欧米から、低級品を中国・トルコから輸入
労働集約的繊維産業の縮小、他の製造業セクターへのシフト等の一環
= 産業高度化の一環といえるか。いえない。
産業高度化故の変化であれば、
繊維産業のうちの低位あるいは労働集約的部分の海外生産化、
輸入への代替ではなく、技術的難易度が高いより付加価値が高い部分へ
実際に生じたとされることは、
新たに創業した少数のアパレル企業の部材や機械の輸入依存
内需に依存して生き残っている織布企業の主要市場は、
加工水準の低い寝具の国内市場や、国家による調達に依存する軍服市場
⇒ 国内織布産業は低位な最終製品・消費財へとシフト、縫製産業は輸入布帛依存
繊維産業用機械は、国内生産から輸入にほぼ完全にシフト
⇒ 繊維産業をみる限り、産業高度化論とは無縁の非工業化、
輸入への代替型非工業化
繊維産業の高度化、加工度の高い繊維製品へのシフト等は生じていない
繊維産業内でも、低位加工品へのシフト、産業構造低下ないし低位化が発生
ゆえに、単なる産業構造高度化の急進展の結果とはいえず、
まさに、産業構造劣化であり、さらには非工業化であるというべき
計画経済下の事業単位の企業体への変態(社会としての変態も含め)の失敗か?
計画経済下の企業(事業単位)には、
企業の内部経営(工場それ自体の運営)が曲がりなりも存在しても、
企業の外部経営(市場との対話を反映した企業(工場)経営)は全く存在しない
前者(企業の内部経営)は、工場管理者、工場運営者としての事業単位の経営
近代工業の工場管理者・技術者や技能者の育成・再生産と工場運営
後者(企業の外部経営)は、販売市場との対話を通し市場変化や競争を把握し、
部材調達や設備機械に関する市場との対話も含めた投入産出の運営
= 競争的市場を前提とした事業運営と事業計画 ⇒ 企業経営者の業務
それゆえ、計画経済型の工業化では、企業経営者層は育成されない
計画経済型の工業化は、市場経済化により、工業化として一旦は挫折
⇒ 計画経済下の企業(事業単位)が、即、市場経済下の企業にはなれない
市場経済下での工業化持続のためには、事業単位の企業化が不可欠
= 経営(企業内+企業外)機能を持った企業への事業単位の変態が不可欠
事業単位の企業化は、必ずしも既存事業単位の変態に限定されない
新規企業が簇生し、既存企業と代替すれば、
⇒ 社会としては変態し、企業化を達成
事業単位の企業化をどう実現するか、それの実現が不充分なのがロシア、
言い換えれば、国有事業単位の企業化が実現せず、
はたまた自生的民営企業の簇生も生じなかったのが、ロシア
軍需中心の「市場」に依存し、先端産業事業単位が企業化するかは疑問
企業化しない軍需関連産業の事業単位が国際競争力を持つ可能性は
きわめて小さい。
あるとしたらニッチ得意分野での技術独占による競争力形成か
Ⅳ 以上の議論からの示唆
1,市場経済下での産業発展のために何が重要か
まずなりよりも、「経営」の存在が重要であること
産業発展のために必要条件として、きちんとした工場運営者以外にも、
資金、機械、技術、技術人材、技能者、労働者等が存在するが、
これらは「経営(者)」が存在して、初めて産業発展に向け動員可能
逆に「経営(者)」がいれば、他の必要条件は現代において外部から入手可能
市場経済下での担い手としての企業経営者 = 企業家 の重要性
企業家を層的に形成するために、起業家の簇生の必要性
大量に企業・起業家が存在することで激しい競争が多様な部門で一斉に発生
今1つは、新たな企業が活躍できる場としての、市場の必要性
既存寡占的(海外・多国籍を含め)大企業が支配しえない部分の存在の重要性
とりあえずは、国民経済としての独自性のある国内市場での参入可能性
(さらには、グローバル市場での新たな市場形成、ニッチ市場を含めた
新製品、新生産技術等のイノベーションがらみ、
技術変化等による社会的分業の変化に基づく新分野形成
あるいは、グローバル市場での大企業としての独自技術での新規参入)
現代における国民経済とそこでの工業の独自な産業発展のためには、
独自な大規模市場を持つ国民経済の存在と、多数の起業家の存在が不可欠
補:『ロシアNIS調査月報』の論考からの経営の必要と市場の重要性への示唆
渡邊光太郎(2013)のロシアチタン産業紹介からの示唆。恵まれた市場環境と経営の必要。
唯一の有力グローバル企業VSMPO-AVISMAを紹介、同社は旧ソ連からの「スポンジ、インゴット、展伸材までを一貫して製造する総合的チタンメーカー」(p.25)、旧ソ連以外への輸出が3分の2に。輸出企業としての再生は、「西側の水準に適合する品質管理体制を整え、ISO等の・・認証を取得」し、消費地近くに「ストックを持つことで供給不安を解消し」、「西側チタン市場に通じている人材の採用」(pp.30・31)したことにある。「チタン市場は売り手市場になることも多かった」ことも「追い風」(p.32)になった。
塩原俊彦(2013,4月)(2013,11月)での、航空機産業と造船業の状況の紹介からの示唆。
軍需と国際競争力の無さの悪循環。「国内航空会社による外国製航空機への発注」と品質の問題とにより「ロシアの民間機製造が壊滅的状況」(4月,p.4)にある。それにもかかわらず、これら企業が生き残っているのは軍需存在故である。造船も同様な状況。
坂口泉(2013)、服部倫卓(2013)での外資系乗用車メーカーの現地Tier2からの示唆。
現地メーカーは造れても、外資系中高級車向けTier2サプライヤーとして利用不能。水準上昇には「外資系のサプライヤー」の「追随して進出」(坂口,p.15)が必要。 (地元企業の発展には独自存立可能市場が必要。だが、ロシア純国産車は顕著に生産縮小(坂口,p.2))2,広範な工業発展がない中での軍需産業関連の発展をめざす政策の実現可能性?
「「イノベーション・シナリオ」というものが想定され」「重視されている製造業部門は、航空機産業、ロケット・宇宙産業、造船業、無線電子工業などである」(吉井・溝端,pp.68・69)といった発想は存立可能なのか。
これらの産業の発展あるいは維持は、非工業化しているロシアで可能であろうか。
ロケット・宇宙産業以外は、市場経済下では、民需市場に大きく依存し、そこでの生産力を転用し軍需での高い開発水準と相対的に安価な調達を実現している。ロケット・宇宙産業も同様な方向に進もうとしている。
民需市場を確保するだけの能力に欠ける、事業単位としてのロシア軍需企業が、海外市場を含めた民需市場を前提にした、企業経営を実現できるのであろうか。
使用価値的には造れるが経済的に競争力あるものについては造れない。
1980年代の東独のDRAM製造が象徴的なように、製品開発はできるが、
べらぼうなコストがかかり、競争力のある製品とはならない可能性が高い。
民間市場での競争力がなく、国内軍需で支えられ、それゆえ市場競争力志向が失せ、
市場競争力の回復可能性を喪失、という悪循環。
先端的な軍機を造れるだけに、質(たち)が悪い。
(中国では、相対的に安価な製品を量産的に生産可能、市場競争力を持つ分野を確保し、
グローバル展開可能。
ロシアでは、この部分はなく、
相対的にみてもきわめて高コストだが先端的なものだけを一応製造できることの悪循環)
民需市場の大きく依存する量産型機械工業の存在がない中で、一品生産的な上記産業を支える相対的低コストを実現可能な機械工業の基盤産業を保有することができるのであろうか。私の理解する機械工業論からは不可能と判断されるが。
戦前の日本の軍需生産にも近い。最高水準の軍機を設計開発し、製造機械と一部部品がそろえば量産的生産できるが、決定的な製造機械と部材は輸入依存という状況。戦争が始まり、輸入が途絶えると、軍機の品質が顕著に低下。これとも異なるが、類似性も。
3,残された疑問
20年間で半減した就業者が含意する、解雇された就業者はどうしたのか
窮迫的自立が大規模に生じなかったのはなぜか
(戦後日本や1980年代サッチャー政権下の英国(Enterprise Allowance Schemeは失業者に対し
失業手当相当額を支給して開業促進し一定の成果)では、大量失業下での窮迫的自立、すなわち、 他に就業の機会がなく、少しでも収入を得るための自営業主化が簇生した)
あるいは、窮迫的自立が大規模に生じたことが報じられていないだけか。
解雇されたものの中の技術者等は、その技術の失業による陳腐化を甘受したのか、
それとも、海外での需要が見込める技術者等は海外へ逃避したのか、
米国を中心に、旧ソ連の技術者にとって移民可能な新天地が存在したのか。
(戦後日本では、満鉄等に勤務し海外で敗戦を迎え現地に残ったような者を除き、
海外逃避の道はほぼ皆無であった)
4,最大の示唆 市場経済下で無くとも工業化は可能。しかし、市場競争抜きの工業化(国有独占も含め)には、経営は必要ない。経営が存在しない事業単位(企業)は、市場競争下では生き残れない。
参考文献(ロシア関連)
参考文献(ロシア関連)
藤原克美『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』春風社,2012年
坂口泉「ロシアで外資メーカーが直面する現調化の問題」『ロシアNIS調査月報』2013年12月
塩原俊彦「ロシアと中国の民間航空機産業の比較」『ロシアNIS調査月報』2013年4月
塩原俊彦「ロシアと中国の造船業界の比較」『ロシアNIS調査月報』2013年11月
吉井昌彦・溝端佐登史編著『現代ロシア経済論』ミネルヴァ書房,2011年
渡邊光太郎「ロシアのチタン産業-素材産業の成功例とイノベーション化-」
『ロシアNIS調査月報』2013年4月
服部倫卓「Interview トリヤッチの地で系列を超えサプライヤチェーンを構築」
(豊田通商トリヤッチ支店長 冨田武志へのインタビュー) 『ロシアNIS調査月報』2013年12月