5月29日 今年 最初の孔雀サボテンの花
2015年5月30日土曜日
2015年5月27日水曜日
わが家の鯉 30歳以上の鯉もいます
5月27日 わが家の鯉
陽があたると輝いています
全て、私が卵から孵し、育てた鯉です
5月30日 昨年生まれの稚魚と親魚
4月に11匹大きな池にいれてみました。半数以上は元気なようです
残りは、稚魚用の水槽で20匹弱、同じような大きさに育っています。
何時大きな池に合流させるか、多少悩んでいます。
2015年5月21日木曜日
2015年5月19日火曜日
産業論演習 2015年5月26日 川上・塩谷・柳澤編 『地域からの研究 産業・企業 フィールドワークとディシプリン』 を読んで
2015年5月26日
研究ノート(演習報告)
産業研究に必要なのは、地域研究、地域視点、
あるいは地理的視点?
あるいは地理的視点?
川上桃子・塩谷昌史・柳澤雅之編 『JCAS公開シンポジウム報告書
地域からの研究 産業・企業 フィールドワークとディシプリン』
(JCAS Collaboration Series 11、2015年3月)を読んで
渡辺幸男
目次
0、はじめに
1、内容の紹介と若干のコメント
巻頭言、柳澤雅之
報告書刊行にあたって、川上桃子
川上桃子報告
福嶋路報告
三嶋恒平報告
佐藤創報告
岩崎葉子報告
総合討論
2、読んで感じたこと
報告者自身の研究の基本軸でもある地理的視点の重要性と、「地域」からの研究そして「地域研究」との差異
3、地域視点を組み込んだ地理的広がりを持った産業研究の方法とは
<地域研究とは異質な地域視点を組み込んだ地理的広がりを持った産業研究とは>
<報告者の経済学的産業研究とは>
<市場と地理的広がり>
<生産体系と地理的広がり>
<地理的広がりと地域>
<報告者の研究対象は産業>
<経済主体と「地域」>
<報告者の経済学的産業研究と主流派経済学との異質性>
<報告者の経済学産業研究と地域研究の異質性>
4、日本の下請系列研究や産業集積研究での渡辺の方法論
<報告者の実態調査研究から発見された下請系列取引関係(形成)の論理>
<報告者の実態調査研究から発見された(日本の)産業集積の特徴>
<報告者にとってのマーシャルとウェーバーの集積論の位置づけ>
<フィールドワークを行う意味>
5、小括
0、はじめに
「地域からの研究 産業・企業 フィールドワークとディシプリン」を読んで、改めて報告者自身の研究の方法を反省的に検討してみたくなった。報告者は、これまで産業研究を経済学的に行ってきたつもりであるが、その方法は、フィールドワークを中心としたものであり、主流派経済学とは全く異なるアプローチ、本シンポジウムの表現をかりれば、「日本地域研究のユニークな知的伝統」を引き継ぐものであったといえる。そのような方法で日本の産業を中心に研究をしてきたものとして、本シンポジウムの議論に、一部共感を感じるとともに、違和感も持った部分もあった。
違和感をもったのは、「地域研究」と地域からの研究が、ほぼ同一の研究として語られていることである。報告者は日本の企業を中心に産業研究をし、ユニークな伝統を引き継いできたともいえるが、対象地域としての日本の研究をしてきたつもりはなく、あくまでも経済学的な意味でいくつかの産業を対象とした研究の一環として、日本の取引慣行や産業集積を調査し研究してきたつもりである。
それゆえ、改めて、本シンポジウムで何が「地域研究」の名のもとで語られているかを確認し、それと報告者自身の「ユニークな知的伝統」を引き継いだつもりの研究との差異を意識しながら、報告者の方法を反省的に提示することにした。あくまでもこれまで報告者自身がやってきたことを反省的に見た時に、どのような方法といえるかを、シンポジウムでの議論を叩き台に、提示してみるというのが、このノートの意味である。
1、報告書の内容紹介と若干のコメント
<巻頭言> 「地域から研究するというアプローチをとる産業・企業研究」
「フィールドワークの方法論と、ディシプリンの方法論との間にも大きな差異」
(柳澤雅之、pp.3・4)
<報告書刊行にあたって> 「産業・企業の関係者へのインタビュー、現地語資料の活用を通じて、発展途上国の産業発展、企業成長の軌跡を描き出す実証分析の蓄積は、日本地域研究のユニークな知的伝統」「フィールドワークにねざした産業研究、企業研究」
「日本の経済学者たちは、自国の資本主義の構造的な特徴を理解(日本という地域の特徴の研究=地域研究:引用者)するため、時に企業や工場のなかにまで分け入って、日本型の・・・特質を明らかにしてきた。現場主義の伝統と学際的な研究スタイルは、発展途上国の研究を志す研究者にも少なからず影響を与えてきた」
「この状況は今、大きな転機を迎えている。日本の学会でも社会科学のアメリカナイゼーション、業績主義と英文ジャーナル中心主義の強まりといった潮流が強まっている」「人々の行動をモデル化し、大量のデータと統計的手法を駆使して「科学的」な実証を行う研究スタイル」
「ここの社会の歴史的背景や文脈を重視し、フィールドワークを主な手法として質的分析を行う「地域からの経済研究」の存在感は、低下しつつある」(川上桃子、p.5)
川上桃子報告
「台湾企業によるノートパソコン生産量の対世界シェアは、9割」「受託生産比率の高さ」「なぜ台湾企業は、こんなに急激に興隆することができたのか」(p.11)
「業界の方たちにお話を聞いて回って「何が起こったのか」を徹底的に調べる」「産業のダイナミズムを理解するためのカギを見つけよう」
「その中でわかったことの一つが、日本企業と台湾企業との逆転劇の真の主役が、部品メーカーであるインテルだったこと」「インテルが供給するチップ側での工夫を通じて」「日本企業の優位性と収益性を支えてきた固有の技術力とノウハウは価値を失い」「台湾企業がチャンスをモノにする中で発揮した巧みな学習のありよう」「台湾企業の独特の学習戦略」(p.12)
「産業のダイナミズムを、アクター間の相互作用に即してとらえる視点」(p.12)
「アメリカ流の主流派経済学」、「人間の行動をモデル化」、「モデルから作業仮説を導き」「データを用いて統計的に検証して仮説の妥当性を検証」
「レゴ・ブロックを組立てるように、知識と知識を整合的に積み上げていくことが可能」(p.13)
「私が行ってきた「地域からの産業・企業分析」では、初めに分析対象ありき」
「知りたいのは、台湾のパソコン産業の発展メカニズムの秘密そのもの」(p.13)
「仮説を提示することに重きを置きます」(p.14)
「地域からの産業・企業研究」(p.14)
「地域研究からの産業・企業分析」(p.14)
*これが何故、「地域研究からの産業・企業分析」かつ「地域からの経済研究」なのであろうか。川上氏の著作の内容は、ノートパソコン生産を巡る産業における、グローバルな市場形成下での生産体系内でのアクターの交代と立地変化、その立地変化要因としての台湾受託生産企業の存在と成長と把握可能であろう。地理的差異と立地企業の特性差異を盛り込んだグローバル市場での生産体系の変化の議論ではないか。「地域からの(産業)研究」であったとしても、「地域研究」なのであろうか。地理的条件の差異と企業の立地地域による差異を組み込んだ産業論では。
*具体的に川上氏が対象としたのは、地域の研究の一部としての台湾パソコン産業ではなく、パソコン産業における台湾立地部分ないしは台湾系企業群の意味、グローバルなノートパソコンの生産体系の中での台湾立地台湾系企業の展開の論理の追究。
*「仮説を提示すること」の重要性、産業研究ではきわめて大事である。仮説そのものは、ノートパソコンでの川上氏の分析が示すように、非常に大きな変化を、それぞれの独自な環境条件が作り出していることであり、まずはフィールドワークを通じて「仮説」、報告者のいう論理的説明を構築することが不可欠である。その後、その議論(仮説ないし論理的説明)の一般性が検討され、一般的な含意が検討されるべきである。
*川上氏自身が、同じページで、「地域から」と「地域研究から」とを多分同義として使用している。これこそ、このシンポジウムの混乱ではないか。地域視点を持った産業・企業研究、報告者流に言えば、地域視点を組込んだ地理的広がりを持った産業研究となる。これが分かっていない。地域研究の視点と地域視点を持った産業研究は、全く対象が異なる研究である。地域研究は特定地域を対象とした研究であり、例えば、戦前の日本資本主義研究のように、日本資本主義の構造的特徴を解明することを目的としたような研究である。即ち日本資本主義論なり、中国経済論となる。それに対して、地域視点を持った産業研究は、地域的差異を論理に組込んだ産業を対象とする研究であり、この場合は経済学的産業研究となる。
*川上氏の研究は、ノートパソコン産業の地理的一部としての台湾パソコンメーカーの形成の経済学的産業研究であり、地域研究としての台湾経済研究の一環としての台湾パソコン産業の研究ではない。だから、日系メーカーとインテルのグローバルな競争の中での主導権争いから台湾メーカーの台頭を説明することが可能となっている。地域視点を持った産業研究は不可欠だが、「地域研究」からの産業研究とは何か、川上氏の実際の研究からは理解できない。
少なくとも、パソコン産業については、台湾地域研究それ自体から台湾メーカーの発展は全く見えてこない。川上氏自身も指摘しているように、インテルと日系メーカーの関係が重要であり、その主導権争いの中で、台湾メーカーの発展の余地が形成された。それが何故台湾メーカーであるのかという点で、はじめて地域視点を組込むことが有効になる。
福嶋路報告
「テキサス州のオースティンというハイテク地域を対象」「ハイテク・クラスター」
「30年前までは州政府とテキサス大学という大きな大学しかないようなところ」「30年の間にラディカルに変わりました」(p.15)
「既存の産業集積論と、ハイテク産業の産業集積のロジックとは、違う」
「最初は、ハイテク・クラスターの形成プロセスを、本当に何も偏見を持たずに見たいということから始まりました」
「ローカル・イニシアティブの重要性」「ハイテク・クラスターの形成は、かなり人為的な戦略がないとできません」「住民達が自発的に作っていくというイニシアティブのようなものが必要」
「いわゆる「学習する仕組み」が形成されていること」「スピンオフをした企業家達が相互に学び合う色々な仕組みが備えられていること」(p.15)
「調査から発見」(p.15)
「想定した三つの「仮想ライバル」」「偶発性を強調」「要素特定型」「英雄史観」(p.15)
「行為の連鎖として現実を解釈」(p.16)
「「もっともらしさ(plausibility)」を高めていくこと」(p.16)
「各者の思惑が複雑に絡み合理的には進まないが偶然に利害が一致すると地域として前進」(p.16)
*単純に必要条件を見つけることではなく、多様な利害の中での集積構築への論理の形成の発見を目指している。この議論はハイテク産業全体の中でのオースティンでの集積形成の話、産業研究としては、グローバルな競争の中での特定地域の集積の新たな形成の研究である。オースティンという地域の研究ではなく、グローバルなハイテク産業の中でのオースティンという地域に形成された集積の研究といえる。何故、ハイテク産業の集積がオースティンで形成されたのか、と言う地域視点を持った産業集積論である。
三嶋恒平報告
「オートバイ産業という一つの産業を通じて、企業の国際経営あるいは途上国の工業化のありようについて研究」(p.19)
*オートバイ産業研究の一環としての各地域での産業展開の研究である。当然のことながら地域研究ではない。
佐藤創報告
「アジア鉄鋼産業研究の視点から」
「それぞれの鉄鋼業の発展プロセスを見ると、ここの主体というよりも時々の世界経済の構造や該当国の社会的状況に規定されている領域が大きいというのが発見」
(p.29)
*この報告は、アジアの各国の鉄鋼産業の展開をどのように見るべきなのかであり、アジア鉄鋼産業研究というアジア地域研究の一環としての鉄鋼産業研究ではない。
国民経済単位で鉄鋼業の形成を考えることができそうであるとはいえるが、地域視点としても地域研究としても、どこにもアジア単位は出てきていない。
岩崎葉子報告
「イランにおける店舗用益権研究の経験から」
*地域内で完結する小売業の独自存立形態の研究。
コメント
藤田幸一コメント
「農村研究の視点から」
「地域研究と経済学がどういう関係にあるか」(p.35)
大泉啓一郎コメント
「民間シンクタンクの視点から」
「皆さんの地域研究と近いところで仕事をしてきた経験」(p.37)
*いずれのコメントも、「地域研究」の議論としてコメントをしているが、妥当であろうか。産業研究を地域(研究)から行うというのが、紹介されている具体的内容である。地域の研究と、地域視点を持った研究は大きく異なる。このシンポジウムのタイトルは「地域から研究する産業・企業」、即ち、地域からの産業・企業研究がタイトルであり、地域研究としての産業・企業ではないと、日本語的には解釈できるのだが?
総合討論
「フィールドワークの強みを産業研究に活かすには」
「時間とお金のかかる地域研究」(p.39)
「違いを明確かつ綿密に認識できる意味において地域研究が蓄積される意義がある」(p.40)
「経済を対象とする地域研究」(p.41)
「地域からの産業・企業研究」(p.44)
「地域研究の課題の一つ」(p.45)
*具体的に紹介されている内容は、主たる対象は、産業の研究であり、そのために地域の視点をも組み込むとしか読めないのだが、地域研究と同一のものとされている。特定の地域を対象とし、その地域としての特性の研究なのか、産業を対象とした研究なのか、この点を曖昧にしたまま議論を展開し、各自が勝手に想定すると同時に、川上氏は違いをわからず混用しているようである。
2、読んで感じたこと
<産業研究での地理的・地域的視点の重要性と地域研究> 報告者自身の研究の基本軸でもある地理的視点の重要性と、「地域」からの研究そして「地域研究」との差異
「地域研究」の対象である地域とは何か。地域として1つのまとまりとして議論の対象となる地理的かつ面的な広がりであろう。それ故、当該地域内では歴史的制度的環境の一定程度の共通性が存在し、経済の議論において、共通の環境下の存在として議論可能な地理的対象といえよう。共通性のレベルはかなり多層的であり、それに応じて、地域として対象とされる地理的広がりも多層的に存在するといえよう。
1つの制度的環境を共有する地理的存在として典型的といえるのは国民経済であろう。歴史的条件についても共有する場合が多いとも言えそうである。しかし、国民経済を越えた地域、国民経済内の各地域も存在しうるし、存在しているといえる。それぞれの産業を考えるうえで、これまた、共通性、共有の内容に規定され、その広がりは独自なものとして多様に存在するであろう。それゆえ、「地域研究」としての産業研究とは、地域の独自性を共有する当該地域の諸産業に共通する論理の研究ということになるであろう。
他方、地域視点を持った産業研究とは、現代ではグローバルに展開する諸産業のそれぞれの産業での、当該産業の論理を前提にしながら、地域ごとの独自な環境ゆえに、地域間での産業展開に差異が生じることを考慮した研究といえよう。下請系列研究とは、機械工業の日本国内の独自な歴史的環境ゆえに形成された、機械工業の独自な取引関係である。この国内の独自な環境は他産業とも一定程度共有されているがゆえに、繊維産業等でも下請系列化が生じた。その意味では、ある時代の日本という「地域」に共通した現象であり、地域研究の対象となりえたものであろう。しかし、その後の展開の中で下請系列関係が持った意味は、機械工業のなかでの取引関係としての独自性であり、機械工業のグローバル化の中で、世界の機械工業のあり方に大きな影響を与えた、日本という地域の環境故に形成された独自の取引関係であり、世界の機械工業を考えるうえで、きわめて重要な意味を持った地域視点を持った産業研究の成果といえる。
3、地域視点を組み込んだ地理的広がりを持った産業研究の方法とは
<地域研究とは異質な地域視点を組み込んだ地理的広がりを持った産業研究とは>
地域視点を組み込んだ地理的広がりを持った「産業研究」は、特定の地域経済での産業の研究ではない。同時に、産業を考察するには地理的な広がりを理解する必要があるため、地域という概念が登場するが、地域の発展研究ではない。
産業研究は、地理的広がりと特定の地理的広がりでの独自な環境とが関連する研究であるがゆえに、地理的視点の一部を構成する歴史的制度的な存在として「地域」が登場する。それゆえ、結果的に地域の発展に関係するが、地域発展が課題ではない。例えば、地域から見た「産業空洞化」といったことが研究課題なのではなく、産業発展のダイナミズムの解明が課題(川上報告も同じことを課題)であり、産業のダイナミズムとの関連で、産業の地理的広がりの変化が研究課題・問題として取り上げられる。誰と誰が、どの範囲の市場で、そして生産体系の中で競争しているのか、これを地理的な広がりとその変化をも踏まえ、検討する。この意味では川上報告の実質内容と同様、川上報告が何故「地域研究から」なのか、報告者には理解不能である。
<報告者の経済学的産業研究とは> 産業の経済学的研究は、まずは、1つの生産体系を核にして、当該生産体系がかかわる諸市場のあり方とそこでの競争を問題とする。その上で、各市場の主体・プレイヤーの状況(寡占的・競争的等)、それらの諸市場のおかれた歴史的制度的環境、生産体系内の経済主体としての企業・企業家・起業家の存在とその状況、生産体系のあり方(生産体系内社会的分業のあり方)、当該生産体系を一部とする価値連鎖のあり方(垂直的社会的分業のあり方)、経営諸資源の賦存状況等を踏まえ、産業展開のダイナミズムを研究対象とする。
それゆえ、報告者自身の研究は、「地域研究」ではないことがよく理解された。報告者の研究は、基本的に地域研究ではなく、地理的広がりを意識した経済的視点からの産業研究である。同時に、主流派経済学のディシプリンに基づくものでも、全くない。しかし、経済学的研究として市場とそこでの競争、競争の主体、経営諸資源を基本的な思考軸とした研究である。それらを軸に、立地と地理的広がりとを考慮した枠組みでの研究であり、歴史的地理的環境は、これらの経済学的把握の基本軸に組み込まれ、市場と市場環境、経営諸資源と立地条件として、議論を展開している。
<市場と地理的広がり> 市場(単層とは限らず、多層的なものも存在)についての地理的広がり、市場の地理的広がりとしての地理的条件を問題とし、市場環境としての歴史・制度を組み込んでいる。市場は競争の場、そこで、誰と誰がどのような競争しているかが問われる。市場の広がりは、多層的な亜市場ごとにも存在、グローバルな場合も、ローカル(国境内の一地域、国単位、いくつかの国にまたがる等、多様な意味で)な場合も存在している。
<生産体系と地理的広がり> 生産体系(社会的分業・企業内地域間分業)についても、地理的広がりがあり、これまたその広がりに基づき制度的歴史的環境によって影響を受ける。生産体系については、大きく3つにわけられる。原料の地理的広がり、当該産業用の産業機械生産の地理的広がり、当該製品生産についての直接的社会的分業・企業内地域間分業(フラグメンテーションの議論の対象)の広がりの3つである。
<地理的広がりと地域> それぞれの広がりの市場にとっての制度的歴史的環境が存在し、それぞれの広がりの生産体系について制度的歴史的環境が存在している。それぞれ同様の環境を共有しているものが、地域といえよう。さらに、共有の内容により、地域は多層的に存在しているといえる。
<報告者の研究対象は産業> 報告者にとっては、日本も含め、研究対象としての「地域」は存在しない。産業としての生産体系があり、その産業の市場があり、それが、市場として、生産体系として、地理的広がりを持つ。このような理解にたつのが、報告者の産業の経済学的な研究である。それゆえ、地域研究で念頭に置かれている研究対象としての「地域」は、報告者の産業経済研究には存在しない。日本型産業の研究ではなく、機械工業の日本でのあり方の研究であり、その成果の1つが国内完結型生産体系の下での「山脈型社会的分業構造」とその地理的展開でもある。
<経済主体と「地域」> 経済主体としての企業そして企業家・起業家と「地域」との関係は、寡占的市場支配力を持つかどうか、多地域展開可能な主体かどうかで、事業の立地視野の広がりが異なる。この場合の「地域」の広がりは、既存立地隣接、既存居住隣接、既存集積内、国内、国際、グローバルといった多層性を持つことになる。
所有形態の差異の意味は、市場の競争に強制されている存在か、どのような競争に曝されている存在かが問題であり、どのような所有形態であるかは、意思決定の一部に制約を受けるという程度の意味しか存在しない。
<報告者の経済学的産業研究と主流派経済学との異質性> 市場の出来事とその市場に関わる産業のダイナミズムを、主流派経済学のように経済的個人に還元してフラットに理解することはできないが、市場を抜きに特定された地域を前提に、地域単位で産業をみることで理解することもできない。 産業は市場と生産体系との組み合わせで、二重的な地理的広がりが確認され、そこでの環境や条件等が特定される。
<報告者の経済学産業研究と地域研究の異質性> 産業のダイナミズムを第一義的な研究対象とする場合の地理的広がりについて、外から与えられた「地域」から出発することはできない。国民経済としての「地域」から出発することは、国内完結型生産体制の国民経済であれば、一定の意味があるといえるかもしれないが。
4、日本の下請系列研究や産業集積研究での渡辺の方法論
報告者の中小企業を中心とした産業研究は、川上氏のいう「日本地域研究のユニークな知的伝統」「フィールドワークにねざした産業研究、企業研究」の流れを正面から受け継いでいるつもりの実態調査研究である。しかし、「日本の経済学者たちは、自国の資本主義の構造的な特徴を理解するため、時に企業や工場のなかにまで分け入って、日本型の・・・特質を明らかにしてきた」ということについては、報告者も工場の中にまで分け入って調査をしてきたが、最後の部分に関して疑問を持っている。
当時の多くの議論(戦後高度成長期まで)は、欧米一般に対し特殊な「日本型」としての特徴ないしは特殊性探しであった。報告者はそうではなく、当時の日本の国内完結型生産体制という独自の条件の下で形成された、経済学的に説明可能な存在としての経済学的産業研究である。議論として当時存在した「親方子方」とか「日本的なタテ社会」といった伝統的かつ経済外的な「日本的慣行」によって説明しようとするものではなく、経済合理的な行動として、条件が整った特定のいくつの産業のみでの独自関係の形成としての下請系列的取引関係の形成や、産業集積の存在と再生産を考えた。
<報告者の実態調査研究から発見された下請系列取引関係(形成)の論理> 下請系列化は、発注側大企業の当時の経済的環境下での経済的に合理的選択と、受注側優良中小企業の当時の経済的環境かでの経済的合理的選択とが合致したが故に、形成された。当時の日本の工業、本格的キャッチアップ期のそれの独自な経済的環境がもたらした当該環境下では、発注側大企業と受注側中小企業双方にとって、きわめて経済合理的な独自な取引関係である。
<報告者の実態調査研究から発見された(日本の)産業集積の特徴> 報告者の産業集積研究は、マーシャルやイタリアの産業集積研究の成果をもとにした当て嵌めでは無く、東京城南地域の機械工業中小零細企業群の独自の存立形態とその再生産の論理の追究から始まった。東京城南地域で機械工業の大量の小零細企業が増加していたが、その存在と増加の論理が、当時の中小企業関連の諸議論では、全く理解できないし、説明できなかった。特に、当時の中心的な発想である当時の下請中小企業論では、即ち、既存の特定企業に依存した下請中小企業の存在を想定したような議論では、理解不能な状況の中で、増加していった。それをどのように経済学的に理解し、説明するか、これが出発点であった。
結論としては、大都市型機械工業産業集積として、特定大企業や特定産業に依存しない受注型小零細企業群の存在と、その集積形態故の優位性を解明した。集積の経済性が多様な内容から成ること、それぞれの経済性について集積の経済性をもたらす地理的範囲、集積の広がりには差異があること、産業インフラ(情報流・物流・人流等)の整備とともに、集積の地理的広がりが変化すること、地理的広がりが変化しても多くの場合それぞれの集積の経済性は再生産されていることなどが、具体的な東京城南地域を中心とする機械工業小零細企業群の再生産のあり方の追究から見えてきたことであり、報告者が東京城南の機械工業産業集積の実態調査研究から発見したことでもある。
すなわち、集積の経済性の地理的多層性、広域的機械工業圏の存在等、報告者なりの産業集積研究からの発見といえる。
ここからいえることは、経済学的な意味での産業集積論は、特定化された地域の研究ではなく、当該産業の集積状況から、当該産業内での具体的な集積の経済性をもとに把握される地理的広がりを持つ存在についての研究であるということになる。地域研究を特定の地理的広がりを持った地域を前提とした研究であるとすると、その対象とした地域が当該産業集積を包摂する広がりかどうかは、一義的にいえず、産業集積論のそもそも出発点としても妥当かどうかは、当該集積のあり方そのものを把握しない限り不明といえる。
<報告者にとってのマーシャルとウェーバーの集積論の位置づけ> A.マーシャルとA.ウェーバーの議論は、集積論を論じる時の基本的な著作である。しかし、ウェーバーの議論した経済性は、運搬距離の近接の経済性のみである。その意味で地理的広がりはあるが、単純な地理的広がりのみに還元される経済性である。マーシャルのそれは、それに対して外部経済性として、多様な集積の経済性を述べている。同時に、それは特定地域としての集積内で実現され、集積外では不可能という意味で、地理的広がりを実質上持たない1点に集約された集積の経済性である。
集積の経済性は、運搬距離の問題に還元されない外部経済性の諸内容として多様性を持つと同時に、集積の経済性の内容に応じて、経済性の実現される範囲、地理的広がりが異なる。その意味で地理的には多層的に展開しているのが集積の諸経済性である。
内外二分法であるがゆえに、マーシャルの集積の経済性は、経済性の多層的な地理的広がりを包摂できず、同時に、ウェーバーの集積の経済性は、外部経済性等を包摂しないが故に、単純な地理的近接のみの経済性となっている。この意味で、両者は共に限定性を持つ議論であり、具体的な集積を見る時、両者のいずれかの論理的枠組みから出発し、それに終始することは、実態としての当該集積の経済性の意味を反映した形で、当該集積の経済性を論理的に把握することができないことになる。古典に学ぶことは、古典を実態に当て嵌め、古典のみをもって実態を評価することではない。
<フィールドワークを行う意味> フィールドワークは既存の理解の確認としては余り意味が無い。既存の理解の確認のための実証研究としてはアンケートや統計の分析の方が有効といえる。フィールドワークが最も有効なのは、興味深い現象の発見、その現象の説明、何故生じたのか、どれほど一般的に言えるのか、どのような意味があるのか等を考える際である。
現象を発見した後で、何を行うべきか。その際、一番不適切なのは、既存の有力な議論を取り上げ、それに適合する部分だけを抽出し、残りを無視し、既存の議論で説明可能と理解することである。また、既存の諸議論をいくつかもってきて、そのうちどれが現象を説明するのに一番適合する議論を選択し、その議論で説明できない部分については無視することも、不適切なフィールドワークということができる。
適切なフィールドワークとは、興味深い現象を発見したら、それが何故生じているのか、なぜを繰り返し問うことである。それを通して、既存議論の当て嵌めでは理解できない新たな現象の説明が可能となる。既存の研究は、現象を考える際の手がかりとして有効だが、現象を説明する諸要素を取捨選択する基準にすることは大きな間違いをもたらす。興味深いかつ新たな現象について、まるごと「何故」を繰り返し問い、充分な説明が可能な論理を模索することで、当該現象を説明する論理、仮説の構築が可能となる。この新たな論理ないしは仮説を発見構築するのにきわめて有効なのが、フィールドワークである。
5、小括
報告者のこれまでの研究方法から、今回のシンポジウムをみるならば、繰返し言及してきたように、「地域研究」と「地域視点」・「地理的視点」を組込んだ研究との混同があり、それゆえに特定地域を研究対象とした研究と、地理的視点を組込んだ特定産業研究とが、明確に分別されることなく、議論されていることになったことが問題といえよう。
川上氏がおこなったような産業研究にとって大事なのは、地域的な地理的視点を持った特定産業を対象とした研究であることである。川上氏の研究は台湾地域の研究をおこなったものではない。台湾産業研究や台湾経済研究でもない。あくまでもノートパソコン産業研究での台湾企業の台頭を中心とすることで、グローバルなパソコン産業の中の台湾企業に焦点を当てた研究である。
すなわち、方法的な抽象化について、本シンポジウムには混乱がある、と言うのが第一の結論である。地域の特性を考慮した産業論は、産業を議論する際に極めて重要であるという点では、報告者も川上氏に賛成するが、そのことは、日本型の資本主義の発見を目指したような意味での地域研究として産業を研究する必要があるということではない。地理的・地域的視点を組込んで、産業研究を行うべきであるということになる。
本シンポジウムのもう1つの論点である、産業研究での、フィールドワークを踏まえた仮説の構築の必要性については、報告者にとっては議論の余地がないことである。地域的多様性が存在する諸産業において、それぞれの産業の展開を経済学の原理論的次元に還元して議論しても、全く無内容な結論しか出てこない。多元的かつ多層的な地理的視点を踏まえたうえで、それらが経済的諸要素にどのような影響を与えているかを見定め、当該産業での展開をみていくことが必要である。そのためには、統計的な把握のみならず、フィールドワークによる個別企業調査は不可欠となる。当該地域の環境下故に、当該地域を出自とする企業群が、他の地域とは異なる独自な行動をとり得る、この内容を具体的に把握するためには、フィールドワークが不可欠である。フィールドワークを通して独自な展開を論理的に説明する仮説を構築する。その上で、さらにフィールドワークを重ね、アンケート調査を行い、統計的に検証し、他地域との対比を行う等を通し、その仮説の一層の妥当性を高めていく。このような作業を通して、自ら構築した仮説がより堅固な意味のあるものであることが裏付けられるといえる。
産業の発展は、原理論的なレベルで理解されるものを超えて、多元的に多様な展開をするものである。それゆえ、フィールドワークを出発点とした仮説構築を、それぞれの産業発展について行う必要が、繰り返し出現することになる。
追加資料
事例 渡辺幸男の興味深い現象の発見と、そこからの何故の路
出発点 機械工業での零細企業増加についての注目
1960年代以降、機械工業で零細経営が増加
これを巡り、瀧澤菊太郎氏と清成忠男氏が論争
低賃金なみで長時間労働が可能ゆえに、大手工場の人手不足の解決策として増加 瀧澤
最新技術を利用した零細企業の生産性の高さ故の増加 清成
論争で どちらの議論が正しいか から零細企業への関心がスタート
工業統表計等を確認しただけでも、いずれも間違っていると思われた
零細規模での新規創業は高度成長前半から多かった
しかし、創業企業の従業者規模増加も一斉に生じ、零細層への滞留は限定的であった
これが変化し、従業者規模の拡大ができず、零細企業層として数が増加
それゆえ、どちらの議論も妥当ではない
では何故、創業が大都市や農村でも多く、多様な産業で多かったのであろうか
統計的事実、創業の多さは大きく変化していないが、従業者規模の拡大が鈍化の裏付けは
フィールドワークがないまま、池田正孝氏の伊那の調査等の利用で一応確認 最初の論文
自ら零細企業の実態を確認できないまま、
清成氏が注目していた大田区等の東京の零細企業の調査の機会を得た
1976年の1夏で大田区と墨田区等の城東地区の零細企業(特に夫婦2名の自営業)中心に
50社強での聴取り
自ら、何故、大田区等、大都市東京の機械工業で零細企業が増加しうるのか、発見し、確認
当時、旋盤加工の零細経営の受注工賃 大田区1時間1,100円 日立700円
何故、日立が安いのに大田区に仕事が来るのか
大田区零細企業の仕事、単価は高いが不安定でロットサイズも小さい、
しかも、個別の仕事としては安定しない
同時に、半端な仕事が、単価が高いのに関東一円から集まる
何故、不安的な仕事が大田区に来るのか、
零細企業が層として存在し、単価は相対的に高いが、何でも引き受けてくれる
何故可能なのか、専門化した企業が多数存在し、
それらが相互に仕事をやり取りすることで、迅速にどんな仕事も対応可能
同時に、仲間で仕事をやり取りすることで、
個別には不安定な半端な仕事に依存していたも、総量として仕事が安定
「仲間」の存在の確認と、その独自な機能の(私による)発見
すなわち、仲間取引という一種の集積の外部経済性が機能して、
半端な仕事に迅速に対応できる
だから高くても半端な時間のない仕事は、関東一円から大田区等に発注される
半端な不安定な仕事に依存していても、総量があり、それが融通され、
零細企業の経営が成立
さらに、零細企業だと、より柔軟に対応でき、経営が安定しやすい
結果として、大工場のワーカーとして勤務可能な熟練工が、独立する
単価が高く、総量としては仕事量が多いので、企業としての収入は高く、
独立したほうがよい
零細企業が、層として、東京で増加する
清成氏のいうような、増加するのは生産性が高いからといった、単純な話ではなく、
歴史的経緯で形成された集積の独自な機能ゆえの増加 これを実態調査から発見
何故、このような集積になったのか。
京浜地域に立地していた大企業の量産工場が域外転出
その関連の安定した仕事が極度に減少、その下でいきるために、むずかしい面倒な数のでない仕事も積極的に引き受けざるを得なくなり、他と異なる集積の経済性を実現
現場を眺め、話を聞き、何故そうなっているのかを繰り返し、
存在の論理についての仮説を構築 = フィールドワークの醍醐味
主要参考文献
渡辺幸男著『日本機械工業の社会的分業構造 階層構造・産業集積からの下請制把握』 有斐閣、1997年
慶應義塾大学出版会、1998年
渡辺幸男著『現代日本の産業集積研究 実態調査研究と論理的含意』 慶應義塾大学出版会、2011年
渡辺幸男・植田浩史・駒形哲哉編著『中国産業論の帰納法的展開』同友館、2014年
2015年5月18日月曜日
2015年5月17日日曜日
産業論演習 2015年4月14日 報告レジュメ 工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
報告レジュメ
工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
藤原氏の言う繊維産業(主として布帛(織布)・アパレル(縫製)生産)の「再編」とは何か
産業としての復活過程? ロシア産業高度化の一環としての繊維産業の縮小、
それとも、ロシア産業構造劣化の象徴的存在なのか
藤原克美『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』(春風社,2012年)
(吉井昌彦・溝端佐登史編著『現代ロシア経済論』(ミネルヴァ書房,2011年))
を読んで考えたこと
渡辺 幸男
産業論演習
2015年4月14日
目 次
はじめに
Ⅰ 藤原克美著の概要ノート
1,ソビエト時代の工業の概要
2,ソビエト解体後のロシアの状況
3,「第12章 繊維産業と2008年金融危機」「4 おわりに」の要約
Ⅱ 吉井昌彦・溝端佐登史編著の一部についてのノート
Ⅲ これら2つの著作が示唆すること
Ⅳ 以上の議論からの示唆
1,市場経済下での産業発展のために何が重要か
2,広範な工業発展がない中での軍需産業関連の発展をめざす政策の実現可能性?
3,残された疑問
4,最大の示唆
参考文献(ロシア関連)
工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
工業国ロシアの非工業化をどう見るべきなのか
はじめに
本報告は、報告者が藤原克美(2012年)を読み、「工業化」とは何かを考えた結果についての報告である。同書が産業研究として高く評価されるとは必ずしもいえないが、その著作で描かれたロシアの繊維産業の状況とその変化が、工業化とは何かを考えるうえで、大変興味深いものであったことから、本著作を取り上げ、紹介し、いくつか報告者が考えたことを提示し、報告のまとめとした。なお、報告者は、ロシア経済について全くの素人であるので、入門書等を多少参考にしながら、同書を検討した。より具体的に言えば、検討課題は、同書が言うところのロシア繊維産業(主として布帛(織布)・アパレル(縫製)生産)の「再編」とは何かである。産業としての復活過程なのか、ロシア産業高度化の一環としての繊維産業の縮小ということなのか、それとも、ロシア産業構造劣化の象徴的存在なのか、という疑問である。この点に対する見解と、その理由・根拠を考え、本報告のまとめとした。
(以下、上記著作紹介での「 」内は著書からの引用、( )内は渡辺のコメント、 は報告者による)
Ⅰ 藤原克美著の概要ノート
1,ソビエト時代の工業の概要
* 表1-4 工業部門別平均従業員数 千人(27・28ページ)
1940年 1980年
全工業 13079 31593
燃料 808 2418
機械・冶金 3519 15612
軽工業 2853 5218(軽工業の主たる部分は繊維産業)
食品 1568 2978
* 「表2-10のようにソ連国内の繊維機械の生産は1975年まで増大した後、縮小に転じている。1970~1986年に繊維機械の輸入は10倍に膨らみ、設置機械に占める外国製機械の比重も1970年の23.3%から・・・1986年の53.4%へと上昇した」 「イタリアやドイツの機械が積極的に導入された」(39ページ) (しかし、半分近くは依然として国産)
* 表2-10 (40ページ) 繊維機械の生産 千台
1940年 1975年 1986年
紡機 1.1 5.4 4.1
織機 1.8 31.3 21 (織機だけで2万台生産)(2000年には、113台へ)
(日本:2013年生産、織機17千台、紡機779台、工業用ミシン生産96千台
(国内販売162千台)(『平成25年 経済産業省生産動態統計年報』))
* 「低い生産性と低品質」
「生産性の低さをもたらす要因としては、不規則な原材料・中間財の供給、停電など外的な問題のほか、緩い労働規律や技術の遅れなど」 「実情を無視した極端な機械の導入も、生産性の低下を招いた」「原料の浪費も大きい」(41ページ)
(即ち、企業の内部の経営は存在したが、その規律はきわめて弱く、低水準)
* 生産性上昇率 図2-4・図2-5 1960年=100の1990年の状況(43ページ)
織布一人当り生産量 フランス300 ソ連 150
織機1台当たり生産量 320くらい 110くらい
(織機の多台持ちの進展で多少生産性上昇、織機の性能は繊維機械の輸入増大にもかかわらず、余り上昇せず)(60年代以降の変化をフランスと比較しても鈍い)
(ちなみに、日本の綿紡績について、生産物単位当たりの所要労働時間指数をみると、1970年を100として、1959年が199.9、1973年が73.3((旧)労働省『労働生産性統計調査報告』)であり、綿糸の時間当り生産量は約半分の14年間で2.7倍に)
2,ソビエト解体後のロシアの状況
* ロシアの部門別生産量 1990年=100 1995年 (55ページ)
鉱工業50、電力業80、燃料工業68、機械工業40、軽工業19、食品工業52
ロシアの部門別工業生産人員数 1990年=100 1995年 (58ページ)
鉱工業66、電力業138、燃料工業106、機械工業51、軽工業60、食品工業98
(生産量の大幅減少に比し、生産人員数の減少が相対的にわずか=生産性低下顕著)
* 「国民の実質所得は、1990年代前半には1991年のほぼ6割に低下」
「実質所得の低下は、繊維製品に対する需要を全般的に制約」
「家計の支出構造の中でも衣類への支出の比重は低下」
「国内企業が満たしうるのは低価格ゾーンの商品であるため、
所得格差が徐々に拡大する中で、需要はさらに限定されていった」(67ページ)
「輸入品の氾濫」(67ページ)
「『縫製工業』1995年7~8月号によると実際には織物で40%、
ニット製品で50%、靴下で30%が輸入」(68ページ)
販売量に占める輸入品の割合 (69ページ)
1995年12月 男性用シャツ57%、男性用ズボン46%、女性用ブラウス65%
* 「「業界団体」としての体裁を整え、機能」「ロスレフプロム」
「現在の加入企業は640にまで増加」(118ページ)(日本2009年の繊維製品企業16,622+)
* 原料調達可能な商社による委託加工化
「「原材料持ち込みシステム」とは、いわゆる委託加工」(123ページ)
「生産企業側の運転資金の不足から、未払いの累積や減免の販売難が生じたために、原材料持ち込み加工が普及」「自ら販売先を開拓することは、商社にとっては、川上から川下への事業の拡大のきっかけともなりうる」(124ページ)
「商社の多くは、綿の取引を主な事業とする専門商社」
「原材料供給ルートの断絶の中で新たに誕生」(125ページ)
* 図8-1 ロシアの部門別生産量 1991年=100 2009年 と 図8-2
燃料・エネルギー資源120弱、機械工業40(2008年には60)、
テキスタイル・アパレル20(2007年には25くらい)、食品工業80
表8-3 製造業、特に機械工業の生産が急減している表
機械の中でも乗用車のみ1992年を100として2005年に110.9、後はいずれも100以下。冷蔵庫が87,タービンが58だが、トラクターは7,金属切削機は9,プレス機は9である。(146ページ~149ページ)(ただし、乗用車生産2005年107万台うち、純国産車91万台、 2012年197万台へ倍増、純国産車64万台に大幅減少で92年を下回る。かなりのKD化++)
(産業機械は1割以下に減少という、台数をもとにした指数)
* 表8-5 繊維産業の基本的指標
1992年 1996年 2004年 2005年 2008年
企業数 10.2千 22.8千ピーク 13.8千 (15.9千) (14.7千)
工業生産人員 1,845千ピーク 604千 (495千) (333千)
全織物(百万平方米) 5,090 1,431ボトム 2,869(2003年) 2,485
靴下(百万足) 626 ボトム154(1998年) 319
メリヤス製品(百万点) 456 ボトム45(1998年) 119
コート(百万点) 17.2 ボトム1.2(2001年) 1.5
シャツ(上衣)(百万点) 57.3 ボトム2.5(1998年) 4.0
企業数と工業生産人員の( )内は、テキスタイル・縫製(151ページ)
(織物の生産量は半減だが、外衣のコートやシャツは10分の1以下への減少)
+経済産業省『平成21年経済センサス』(同所『繊維産業の現状及び今後の展開について』2013年p.11)
++坂口泉(2013) p.2
* 繊維産業用機械の生産 台
1990年 2000年
織機 18,300 113 (0.62%への激減)
リング編機 345 2 (0.58%への激減) (153ページ)
* 表8-10
国産/輸入 2001年6月 男性用背広 69.5
女性用ブラウス 90.8
概して国産品が輸入品より10~40%安い (154ページ)
* 縫製業について興味深い点は、
「ロシアのアパレル部門とテキスタイル部門は、製造品目の需給構造が合わないために取引関係はほとんどない」「伝統的な紳士服メーカーの・・・生地もほとんど外国製」「テキスタイル企業でも、川下の縫製産業への進出が盛んだが、その大半は技術的にも単純な寝具」(194ページ~198ページ)
(10分の1に生産縮小した国内アパレル生産にも、国内布帛生産は素材を供給できない)
*「上位15社・・・ソ連時代から存在する企業がほとんど」194ページ
* 表11-4 縫製品市場の変化
2008年 売上高に占める生産量 16.8%
売上高に占める公式の輸入量 38.6%
売上高に占める闇の輸入量 44.6% (216ページ)
* 「2000年代半ば以降の繊維産業では、国内企業が市場を獲得しうる部門としては、国産織物を利用したシーツおよび作業着を中心とする若干の衣類にほぼ限られていた」 (219ページ)
3,「第12章 繊維産業と2008年金融危機」「4 おわりに」の要約
「2008年の金融危機を経験したロシアの繊維産業」
「ロシアの繊維市場のグローバル化」
「不法な輸入品の比重は4割と高く、低価格ゾーンを支配」
「公式、非公式を問わず、主要な輸入元は中国とトルコ」
「高級品では欧米からの輸入が多く、EUにとってもロシアはスイスに次ぐ
第2の繊維製品輸出国」
「市場のグローバル化が企業の再建や構造転換につながらない独自の特徴」
「破産した企業の生産再開は、経済的な合理性ではなく、
雇用の安定を優先する中央及び地方政府の強い意向による政治的決断」
「軍服などの国家発注が企業の業績を左右」(232ページ)
「市場競争を基礎に生産の拡大を目指す企業も存在する」(232・233ページ)
「ごく一部の企業には、グローバルな競争の下でも生存の可能性が
ある程度残されている」
「これらの企業のターゲットは、寝具や子供服といったニッチの領域」
「産業そのものが崩壊寸前にある中で、経営努力を重ねている企業があることは
明るい材料」(233ページ)
(この企業数が余りにも数が少なく、可能性が皆無ではないとしても、限りなくゼロに近い)
「低品質・高コスト構造をソ連から引き継いだロシアの繊維企業は
国内市場で充分な競争力を持たなかった」
「繊維産業が鉱工業の普遍的特徴を備え持つ」
「生産の回復を含めて繊維産業の動きが遅いことは、同じく普遍性を持つ
ソビエト経済体制がいかに深く当該産業に根付いていたかを物語っている」
「ソビエト経済体制の特徴」「官僚主義的調整とパターナリズム」(233ページ)
「各経済主体に埋め込まれたソビエト的な行動様式は、このように根強いもの」
「私的所有が生まれ、市場の競争圧力があっても、それは自動的には生産性の上昇をもたらさないことを示していた」
(そのために、既存企業の崩壊・破壊の下での新企業簇生が必要だが、その兆候は見えない)
「国家の政策が産業の衰退の速度を緩和することはあっても、行政的な資源配分によって産業を維持する意思はもはや国家には存在しない」
「伝統的な企業の市場からの退出が国家によって阻止されうる点と、金融規律の緩みという、ソビエト経済体制のまさに根源的な部分がわずかながら残されている」(234ページ) (過去の経営諸資源の蓄積が、経営不在により、活用されないまま、劣化)
Ⅱ 吉井昌彦・溝端佐登史編著の一部についてのノート
「第3章 マクロ経済・産業構造」の一部要約
1 マクロ経済の特徴
2 2000年代高成長のメカニズム
3 エネルギー産業の動向
4 製造業発展の可能性
(1) 製造業の発展戦略
「製造業を発展させて、経済を多様化することが経済の領域における最大の中長期的課題と位置づけられている」(68ページ)
「「イノベーション・シナリオ」というものが想定され」「重視されている製造業部門は、航空機産業、ロケット・宇宙産業、造船業、無線電子工業などである」(68・69ページ)
「このうちの最初の三つの部門は、ソ連時代にはロシアが競争力を有していた部門」
(航空機産業、 (ロケット・宇宙産業、) 造船業が「競争力」を有していた?
海外企業との競争が無い中でどんな「競争力」を有していたというのか?)
「ソ連崩壊により、競争力や市場を失っていたこれらの製造業部門を、国のてこ入れによって建て直そうというのが基本的な戦略」
「自動車や家電、あるいは繊維製品などといった消費財を生産する部門を重視する戦略ではない」 「ヴァルガ自動車工場に代表されるロシアの国産メーカーにおける外資導入の遅れ、それによる技術革新の遅延と競争力の伸び悩みといった問題が現れている」(69ページ)
「ルーブル・レートの動態」「オランダ病」
「ルーブル・レートの上昇率の鈍化」「輸入代替」
「国内製品の技術や品質の水準を向上させるうえで、前項で述べた外資の受け入れ拡大がこうした輸入代替型発展の前提となる」(70ページ)
(経営が存在してこそのオランダ病。為替高故の輸出困難による工業縮小ではなく、既存工業企業の市場対応力(経営)欠如故の縮小、その下で、既存企業と代替する市場対応新企業の簇生がなく、どうして輸入代替が可能といえるのか理解不能)
Ⅲ これら2つの著作が示唆すること
*ロシア経済の非工業化、ないしは輸入による代替に基づく非工業化
(輸入代替的工業化、すなわち輸入製品の国内生産化・工業化ではなく)
ソビエト時代には、素原料の生産から部材生産、産業機械生産を国内で実現
= 国内完結型の工業生産体制の構築(低品質・高価格であろうと)
(ソ連末期には一部産業機械の輸入も、しかし、国内生産も維持
=フル・セット型の工業生産体制は維持していた)
既存の企業(事業単位)の縮小しながらの残存の多さと、新規参入・創業の少なさ
産業機械生産の壊滅的縮小
国内生産連関の寸断、川上製品(部品や材料)の輸入への代替化
国内市場としては、縮小したが6割以上を維持し、その後回復
1億4千万人強の市場 日本より大きな人口
(しかし、ガラパゴス的発展の可能性の存在がまったく見えない)
*非工業化の理由
オランダ病 資源輸出国化による高為替レート ⇒ 輸出競争力の喪失
⇒ 製造業衰退か?(市場経済下の企業経営の存在を前提)
オランダに存在したのは国内市場が小さな市場経済下の輸出依存工業と企業では
ロシアは1億4千万人の国内市場 内需依存型の工業発展可能
もともと国内国有企業(事業単位)は、輸出依存型ではなく、内需依存型工業
内需依存工業の、輸入への代替型非工業化であり、
輸出困難化があるとしても、東欧諸国等の旧ソ連圏への輸出部分のみ
輸入への代替 内需向け生産工業と市場の存在下での、輸入へのシフト
繊維産業については、高級品を欧米から、低級品を中国・トルコから輸入
労働集約的繊維産業の縮小、他の製造業セクターへのシフト等の一環
= 産業高度化の一環といえるか。いえない。
産業高度化故の変化であれば、
繊維産業のうちの低位あるいは労働集約的部分の海外生産化、
輸入への代替ではなく、技術的難易度が高いより付加価値が高い部分へ
実際に生じたとされることは、
新たに創業した少数のアパレル企業の部材や機械の輸入依存
内需に依存して生き残っている織布企業の主要市場は、
加工水準の低い寝具の国内市場や、国家による調達に依存する軍服市場
⇒ 国内織布産業は低位な最終製品・消費財へとシフト、縫製産業は輸入布帛依存
繊維産業用機械は、国内生産から輸入にほぼ完全にシフト
⇒ 繊維産業をみる限り、産業高度化論とは無縁の非工業化、
輸入への代替型非工業化
繊維産業の高度化、加工度の高い繊維製品へのシフト等は生じていない
繊維産業内でも、低位加工品へのシフト、産業構造低下ないし低位化が発生
ゆえに、単なる産業構造高度化の急進展の結果とはいえず、
まさに、産業構造劣化であり、さらには非工業化であるというべき
計画経済下の事業単位の企業体への変態(社会としての変態も含め)の失敗か?
計画経済下の企業(事業単位)には、
企業の内部経営(工場それ自体の運営)が曲がりなりも存在しても、
企業の外部経営(市場との対話を反映した企業(工場)経営)は全く存在しない
前者(企業の内部経営)は、工場管理者、工場運営者としての事業単位の経営
近代工業の工場管理者・技術者や技能者の育成・再生産と工場運営
後者(企業の外部経営)は、販売市場との対話を通し市場変化や競争を把握し、
部材調達や設備機械に関する市場との対話も含めた投入産出の運営
= 競争的市場を前提とした事業運営と事業計画 ⇒ 企業経営者の業務
それゆえ、計画経済型の工業化では、企業経営者層は育成されない
計画経済型の工業化は、市場経済化により、工業化として一旦は挫折
⇒ 計画経済下の企業(事業単位)が、即、市場経済下の企業にはなれない
市場経済下での工業化持続のためには、事業単位の企業化が不可欠
= 経営(企業内+企業外)機能を持った企業への事業単位の変態が不可欠
事業単位の企業化は、必ずしも既存事業単位の変態に限定されない
新規企業が簇生し、既存企業と代替すれば、
⇒ 社会としては変態し、企業化を達成
事業単位の企業化をどう実現するか、それの実現が不充分なのがロシア、
言い換えれば、国有事業単位の企業化が実現せず、
はたまた自生的民営企業の簇生も生じなかったのが、ロシア
軍需中心の「市場」に依存し、先端産業事業単位が企業化するかは疑問
企業化しない軍需関連産業の事業単位が国際競争力を持つ可能性は
きわめて小さい。
あるとしたらニッチ得意分野での技術独占による競争力形成か
Ⅳ 以上の議論からの示唆
1,市場経済下での産業発展のために何が重要か
まずなりよりも、「経営」の存在が重要であること
産業発展のために必要条件として、きちんとした工場運営者以外にも、
資金、機械、技術、技術人材、技能者、労働者等が存在するが、
これらは「経営(者)」が存在して、初めて産業発展に向け動員可能
逆に「経営(者)」がいれば、他の必要条件は現代において外部から入手可能
市場経済下での担い手としての企業経営者 = 企業家 の重要性
企業家を層的に形成するために、起業家の簇生の必要性
大量に企業・起業家が存在することで激しい競争が多様な部門で一斉に発生
今1つは、新たな企業が活躍できる場としての、市場の必要性
既存寡占的(海外・多国籍を含め)大企業が支配しえない部分の存在の重要性
とりあえずは、国民経済としての独自性のある国内市場での参入可能性
(さらには、グローバル市場での新たな市場形成、ニッチ市場を含めた
新製品、新生産技術等のイノベーションがらみ、
技術変化等による社会的分業の変化に基づく新分野形成
あるいは、グローバル市場での大企業としての独自技術での新規参入)
現代における国民経済とそこでの工業の独自な産業発展のためには、
独自な大規模市場を持つ国民経済の存在と、多数の起業家の存在が不可欠
補:『ロシアNIS調査月報』の論考からの経営の必要と市場の重要性への示唆
渡邊光太郎(2013)のロシアチタン産業紹介からの示唆。恵まれた市場環境と経営の必要。
唯一の有力グローバル企業VSMPO-AVISMAを紹介、同社は旧ソ連からの「スポンジ、インゴット、展伸材までを一貫して製造する総合的チタンメーカー」(p.25)、旧ソ連以外への輸出が3分の2に。輸出企業としての再生は、「西側の水準に適合する品質管理体制を整え、ISO等の・・認証を取得」し、消費地近くに「ストックを持つことで供給不安を解消し」、「西側チタン市場に通じている人材の採用」(pp.30・31)したことにある。「チタン市場は売り手市場になることも多かった」ことも「追い風」(p.32)になった。
塩原俊彦(2013,4月)(2013,11月)での、航空機産業と造船業の状況の紹介からの示唆。
軍需と国際競争力の無さの悪循環。「国内航空会社による外国製航空機への発注」と品質の問題とにより「ロシアの民間機製造が壊滅的状況」(4月,p.4)にある。それにもかかわらず、これら企業が生き残っているのは軍需存在故である。造船も同様な状況。
坂口泉(2013)、服部倫卓(2013)での外資系乗用車メーカーの現地Tier2からの示唆。
現地メーカーは造れても、外資系中高級車向けTier2サプライヤーとして利用不能。水準上昇には「外資系のサプライヤー」の「追随して進出」(坂口,p.15)が必要。 (地元企業の発展には独自存立可能市場が必要。だが、ロシア純国産車は顕著に生産縮小(坂口,p.2))2,広範な工業発展がない中での軍需産業関連の発展をめざす政策の実現可能性?
「「イノベーション・シナリオ」というものが想定され」「重視されている製造業部門は、航空機産業、ロケット・宇宙産業、造船業、無線電子工業などである」(吉井・溝端,pp.68・69)といった発想は存立可能なのか。
これらの産業の発展あるいは維持は、非工業化しているロシアで可能であろうか。
ロケット・宇宙産業以外は、市場経済下では、民需市場に大きく依存し、そこでの生産力を転用し軍需での高い開発水準と相対的に安価な調達を実現している。ロケット・宇宙産業も同様な方向に進もうとしている。
民需市場を確保するだけの能力に欠ける、事業単位としてのロシア軍需企業が、海外市場を含めた民需市場を前提にした、企業経営を実現できるのであろうか。
使用価値的には造れるが経済的に競争力あるものについては造れない。
1980年代の東独のDRAM製造が象徴的なように、製品開発はできるが、
べらぼうなコストがかかり、競争力のある製品とはならない可能性が高い。
民間市場での競争力がなく、国内軍需で支えられ、それゆえ市場競争力志向が失せ、
市場競争力の回復可能性を喪失、という悪循環。
先端的な軍機を造れるだけに、質(たち)が悪い。
(中国では、相対的に安価な製品を量産的に生産可能、市場競争力を持つ分野を確保し、
グローバル展開可能。
ロシアでは、この部分はなく、
相対的にみてもきわめて高コストだが先端的なものだけを一応製造できることの悪循環)
民需市場の大きく依存する量産型機械工業の存在がない中で、一品生産的な上記産業を支える相対的低コストを実現可能な機械工業の基盤産業を保有することができるのであろうか。私の理解する機械工業論からは不可能と判断されるが。
戦前の日本の軍需生産にも近い。最高水準の軍機を設計開発し、製造機械と一部部品がそろえば量産的生産できるが、決定的な製造機械と部材は輸入依存という状況。戦争が始まり、輸入が途絶えると、軍機の品質が顕著に低下。これとも異なるが、類似性も。
3,残された疑問
20年間で半減した就業者が含意する、解雇された就業者はどうしたのか
窮迫的自立が大規模に生じなかったのはなぜか
(戦後日本や1980年代サッチャー政権下の英国(Enterprise Allowance Schemeは失業者に対し
失業手当相当額を支給して開業促進し一定の成果)では、大量失業下での窮迫的自立、すなわち、 他に就業の機会がなく、少しでも収入を得るための自営業主化が簇生した)
あるいは、窮迫的自立が大規模に生じたことが報じられていないだけか。
解雇されたものの中の技術者等は、その技術の失業による陳腐化を甘受したのか、
それとも、海外での需要が見込める技術者等は海外へ逃避したのか、
米国を中心に、旧ソ連の技術者にとって移民可能な新天地が存在したのか。
(戦後日本では、満鉄等に勤務し海外で敗戦を迎え現地に残ったような者を除き、
海外逃避の道はほぼ皆無であった)
4,最大の示唆 市場経済下で無くとも工業化は可能。しかし、市場競争抜きの工業化(国有独占も含め)には、経営は必要ない。経営が存在しない事業単位(企業)は、市場競争下では生き残れない。
参考文献(ロシア関連)
参考文献(ロシア関連)
藤原克美『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』春風社,2012年
坂口泉「ロシアで外資メーカーが直面する現調化の問題」『ロシアNIS調査月報』2013年12月
塩原俊彦「ロシアと中国の民間航空機産業の比較」『ロシアNIS調査月報』2013年4月
塩原俊彦「ロシアと中国の造船業界の比較」『ロシアNIS調査月報』2013年11月
吉井昌彦・溝端佐登史編著『現代ロシア経済論』ミネルヴァ書房,2011年
渡邊光太郎「ロシアのチタン産業-素材産業の成功例とイノベーション化-」
『ロシアNIS調査月報』2013年4月
服部倫卓「Interview トリヤッチの地で系列を超えサプライヤチェーンを構築」
(豊田通商トリヤッチ支店長 冨田武志へのインタビュー) 『ロシアNIS調査月報』2013年12月
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