2021年10月7日木曜日

10月7日 Martin Wolf ‘Threats from China’s real estate bubble’ を読んで

Martin Wolf Threats from China’s real estate bubble

 (「中国の不動産バブルのもたらす脅威」)FT, 6 Oct. 2021, p.17 を読んで

 

*この論説記事の私なりの要約

上記のWolf氏の論説記事の小見出しは、小見出し1が、 ‘Property’s great boom has reached its limit the economy now needs new drivers of demand’ であり、小見出し2が、 ‘Policy should shift spending towards consumption, and away from wasteful investment’ である。住宅建設資産形成によるブームが限界にきており、新たな需要創出が今や必要であると言うのが、第1の小見出しである。投資効率が下がっており、政策は、消費支出増大に向け舵を切るべきである、と言うのが第2の小見出しである。

 つまり、Wolf氏は、中国でGDPに占める貯蓄の比率が高く、同時に固定資本形成の比率が極めて高く、しかも近年それが高まっていること、しかし、それにもかかわらず成長率は低下し、投資の効率が顕著に低下していることをまずは指摘している。同時に、家計や非金融企業の負債が高まっていることも指摘している。すなわち、借金の増大で固定資本形成比率が高まっているが、それが成長率の上昇に結びつかず、逆に成長率低下となっていることを指摘している。非効率な投資が増加していることを意味するとしている。

 また、住宅については超過供給能力となっており、かつ住宅保有比率も極めて高くなり、不動産ブームの終焉のシグナルが示されている、とも述べている。

 それ故、住宅投資を一方の中心とした投資重視の方向から転換し、消費支出拡大、家計と公的の双方の消費支出の構造的改革に基づく拡大こそ、今の中国経済にとって必要なことであると指摘する。固定資本形成、特に住宅投資依存での成長維持の行き詰まりを、恒大集団の不良債権問題の顕在化に見ている論説記事と言える。

 

*このWolf氏の論説記事を通して考えたこと

住宅としての不動産の建設供給は、近年の効率が低下しているとしても、中国経済成長の1つの核であったが、それも、もう無理であると言うのが、Wolf氏の見立てであろう。GDP成長の中心を、住宅投資を中心とした国内固定資本形成から、公私双方の消費支出の増大へと、大きく構造改革することの必要を述べている。

 住宅を中心とした不動産投資は、価格高騰ゆえに販売が困難になり、収益性が低下しているだけではなく、実需自体が価格水準如何を問わず縮小している、と言う見立てをしているのが、Wolf氏である。これは、107日付の朝日新聞朝刊6面の中国対外経済貿易大学教授の西村友作氏へのインタビュー記事(西山明宏「中国恒大危機 リーマンとは違う、経済の危機や崩壊 つながらない」同紙13版)とは大きく異なる内容となっている。そこでは、住宅需要に関して、「いまだに実需が強い」とし、「仮に価格が下がっても、・・買いたい人はすぐ出てくるので、下支えされる」としている。

 この点で興味深いのは、Wolf氏の記事に掲載されている「住宅はますます投機的資産(increasingly speculative asset)になっている」と題されたグラフである。そこでは、住宅の購入者を、最初の住宅購入か、それとも既に1つの住宅保有、さらにはそれ以上の住宅を保有している人の購入かで分け、それぞれの比率を出している。それを見ると、2015年までは60%前後の事例が最初の住宅の購入者であったのに対し、その後急速にその比率は低下し、2018年には最初の住宅購入者の比率は20%以下を占めるに過ぎないものとなり、2戸以上の住宅をすでに持っている購買者が20%を上回り、両者が逆転している。また、過半を占めているのは、すでに住宅を1戸保有している購入者層である。住宅価格高騰下での住宅購入者層の劇的な変化が示されている。すでに住宅を持っている人々が、運用資産として住宅を購入していることが圧倒的に多いことを思わせる統計である。

 問題は、この統計をどう読むかである。Wolf氏は、価格高騰等の要素を考慮しても、これこそ住宅購入者層の本来的な大きな変化を示していると読んでいる。それに対し西村氏の見解は、このグラフはあくまでも価格高騰ゆえに、通常の住宅購入希望者層の手に届かなくなったことの結果(私が勝手に推論して、あえて言うならば)のグラフと、見ていることになろう。どちらが正しいのであろうか。

Wolf氏の主張が妥当であれば、GDPレベルでの何らかの大きな転換を達成できなければ、住宅バブルの崩壊は、中国経済にとっては、生産性は低下しつつあるとしても、経済成長の大きな動力であった住宅投資を一挙に縮小させることになる。結果として、巨大な貯蓄の使い道が失われ、より一層の低成長ないしは停滞に陥ることになろう。恒大集団の不良債権問題は、不良債権として巨大で、それゆえに金融市場への波及を免れないだけではなく、中国経済の成長構造を本格的に変えることができなければ、中国的な経済停滞に陥る可能性を示唆するものとなっている。

 低成長化した中国経済にとっての住宅投資のもつ意味の評価そして国民経済上の位置づけが、Wolf氏の議論は先にブログに掲載した私の見解とは異なっている。このような私との差異から、Wolf氏の議論は、中国経済の大きな転換、消費支出主導への転換の必要性を強調する議論となったといえる。

Wolf氏の議論を妥当なものとすれば、その上で、考えるべきは、消費支出増大主導の経済成長への転換は、現在の中国経済にとって可能なのであろうか、ということになる。可能であるとすれば、どのような政策とプロセスで可能となるのであろうか。残念ながら、転換の必要性だけに触れ、これらの点についてWolf氏の記事は触れていない。それしか道はないというWolf氏の主張の反映と言えるかもしれない。

他方、西村氏の理解が妥当ならば、住宅ブームは住宅価格のバブル崩壊し価格がある程度下落し、多くの中国人にとって手の届く価格まで低下すれば、再度、住宅需要が本格的に膨らみ、住宅投資を経済発展の1つの軸とした経済発展の再来が、中国経済にとって見込めるということになろう。が、どうであろうか。

私の前回のブログも、ある意味で西村氏の理解に近いものであった。住宅バブルの崩壊自体は、これまでの中国の経済発展のあり方に大きな変更をもたらさず、金融的にバブル崩壊の余波が解決すれば、一時的な経済縮小要因にとどまり、高度成長が再現することはないとしても、2010年代並みの成長が中国経済で回復する、と言うのが私の理解であった。そこに、1990年代の日本経済のバブル崩壊と金融危機の後の、国内製造業生産構造の大変化を伴った故の長期停滞化との、中国経済の現状との差異を見出した。

このようなことから言えることは、中国経済の今後を占うには、1つは、2010年代の経済成長の一方の担い手であった住宅投資の実需がバブル崩壊後に回復可能かどうかが重要である、と言うことであり、また、住宅投資の回復がなくとも、これまでの中国経済の成長を支えてきた住宅投資以外の需要、世界の工業製品の製造拠点としての成長と、消費財のみならず資本財についても巨大化した国内市場の一層の拡大を国内生産が担うことでの成長、これらにより、住宅投資の停滞ないしは縮小をカバーして、それなりの成長を維持できるかどうか、いずれかが可能か、と言うことになる。さらに言えば、Wolf氏流に、消費支出の大幅な増大を何らかの方法で実現するということでも、成長率の回復は見込めるであろう。

ただ、Wolf氏は一方的に消費支出の増大が必要というだけで、その可能性に関わる検討はない。西村氏によれば、住宅投資についても、バブルがはじけ住宅価格がある程度低下すれば、住宅需要は本格的に回復するということになる。そうであれば、従来の成長軌道より多少成長率は下がるとしても、従来の形態で、中国経済の成長が回復し維持されるであろう。私から見れば、西村氏の見解は、住宅需要の回復について極めて楽観的であり、また、Wolf氏の消費支出の増大への期待は、政策的にどのような筋道で可能かが見えてこない。

その上で、従来の構造を前提にしても、住宅投資以外の中国経済の現在持つ可能性が発揮され、ある程度の成長が維持される可能性が高い、というのが、私の考えである。全く裏付けを示さない議論ということでは、Wolf氏の消費支出の増大の必要性の主張の実現可能性と、私の議論は同様であるが、このような可能性が高いと、今のところ考えている。住宅投資バブルの崩壊後、金融的混乱はあるとしても、その後、中国経済の成長は、従来構造を前提に、住宅投資の急回復がなくとも、それなりに回復するのではないか、というのが、私の見立てである。

ある意味、これは「八卦」であるが、「八卦」なりの根拠は、私が2000年から2011年にかけて実際に見てきた中国経済の巨大さ、そこでの民営企業の模索の極めて多数で多様であること、それらを地方政府が支援し、大中小様々な企業が多様な可能性を現実化させていた事実である。このような環境が、習政権の下で大きく損なわれているようなことが生じていないならば、私の「八卦」は当たるのではないかと思っている。

 

参考記事

Martin Wolf Threats from China’s real estate bubble

        Financial Times, 6 Oct. 2021, p.17

西山明宏「中国恒大危機 リーマンとは違う、経済の危機や崩壊

 つながらない」朝日新聞、107日朝刊、13版、6面

(対外経済貿易大学教授の西村友作氏へのインタビュー記事)