スホーイ事故からうかがえたロシアの再工業化展望
FT記事、Sedon, M ‘SuperJet crash testifies to Russia’s industrial ills, FT 22 May 2019, p.3
を読んで
渡辺幸男
<記事の主内容>
‘Global competition. Economic strategy’ というシリーズの記事の22日版に掲載されたもので、小見出しとして「ナショナル・チャンピオンでもって制裁処置に対抗するというプーチンの政策は失敗しつつある」とある。このように、本記事は、ロシアによるクリミア併合以来始まったロシアに対する国際制裁に対抗するために、プーチン大統領が行なったナショナル・チャンピオンを育成し、ロシア工業を国際競争力を持つものとするという政策が失敗に終わりつつあることを紹介したものである。
<記事の抄訳的紹介>
プーチンが主催する政策会議で、国内産業をグローバル競争力のあるもにするための多額の補助金を続けることが提起されたが、航空機産業で、ロシアの最初の商業用航空機がシェレメチボ空港で死者を出す事故を起こし、その失敗が示された。
事故を起こしたスホーイ・スパージェット100は、ナショナル・キャリアーであるアエロフロート以外への売り込みに苦闘している。そこでの問題点は、グローバル市場で競争力のある企業を生み出すことが、いかに困難かを示している。西側からの経済制裁を受けていることで、オイルマネーを、「ナショナル・チャンピオン」につぎ込むことを正当化した。対象は食品製造業から機械分野に至り、幅広い。ロシアは輸入代替に2018年だけで6375億ルーブルをつぎ込み、プーチン氏は制裁の「benefits」の1つだと称した。
しかし、昨年も、資源関連が輸出の大部分を占め、地元産の品物は市民にその質が問題とされた。モスクワは需要を望むが、競争を求めない。質が落ち価格が上がっているが、当局は良質の安いものを作る生産者を求めていない。コストを最大限ひきあげられ、人々は質の悪い品物を高価格で買うことになる。
また、ロシアは、グローバル・チャンピオンを生み出すだけの国内市場サイズがないゆえ、グローバルな競争での優位にあるものとの競争で生き残る必要がある。
経済制裁やルーブル下落が生じたにも関わらず、輸入は維持された。これはロシア国内の企業にとって、他に代替物がないゆえに、価格が上がっても輸入せざるを得ないことによる。輸入をさらに必要とする部門もある。これが技術分野や宇宙開発である。例えばソフトウエアでは、ロシア産のものが推奨されながら、96%は未承認の海外ソフトが使用されている。また、20億ドルのスーパージェットの部品の80%は海外サプライヤからのものである。ロシアにとって道のりはまだまだ長い。
2011年に実用化され、アエロフロートが50機購入したスーパージェットを、さらに100機ほど2026年にまでにアエロフロートは調達することになっている。しかし、事故以来、メーカーのUAC(統一航空機製造会社)1)は修理契約の更新を拒否された。
UACは300機をボンバルディアやエンブラエルの代替機として売り出しているが、売れたのはまだ一部に過ぎない。3月には、アエロフロートに次ぐスーパージェットの購入者であるメキシコのインタージェットが、UACとの修繕をめぐるトラブルで保有するスーパージェット22機の3分の2以上を駐機することになった。アイルランドのシティジェットはスーパージェットの運用を1月にやめた。ロシア政府は380億ルーブルを投じてパーツの国産化を目指しているが、問題は部品ではなく、完成品なのだ、といわれている。
1)UAC(統一航空機製造会社)は、航空機製造企業の国有持株会社で、傘下にスホーイ等がある。
<私がこの記事から感じたこと>
*スホーイ・スーパージェット100は、ロシアの工業の中では、軍需産業絡みということもあり、相対的にその生産能力が残っている航空機産業で、国際競争力を実現しようとしている国策的民需用ジェット旅客機と言える。ロシア工業再興のシンボルとも言える。しかし、そのスーパージェットが事故を起こし、またそれ以前にもメンテナンス能力の不十分さ等により、既存の海外購買者からメーカー自身によるメンテナンスでトラブルを起こしたり、運用が停止されたことがあることも紹介されている。
しかも、その問題のスーパージェットの部品の80%は海外産ということでもある。多くの部品を海外の実績あるメーカーに依存しているにもかかわらず、国際競争力に疑問符が呈されている、ということを示しているのが、この記事である。最後の完成品が競争力がないことこそ問題なのだという、ロシア海外貿易アカデミーのノーベル氏の指摘は重要である。
スーパージェットは、ボンバルディアやエンブラエルに対抗する機種なのであり、しかも80%は海外のそれぞれの分野での主要サプライヤの部品を使って製造されている。それゆえ、完成航空機の機体開発設計とそのメンテナンスの2面でこそ、あるいはそれによってのみ先行2社に追いつき差別化し、優位に立つことができる要素ということが、本記事で指摘されていることになる。しかし、この両面で先行2社に比して遅れており、追いつくことにさえ失敗している、というのがこの記事のこの部分の結論といえよう。
*いまひとつ、この記事が示していることは、ロシアの輸入代替化政策の問題性である。石油で得た利益を惜しげも無く輸入代替化のために投入しているというが、その投入の仕方がUCAをはじめとした「ナショナル・チャンピオン」育成ということである。しかも、国内企業間の競争を促進することは意図されていないようである。米国やEUに比べて10分の1以下のGDP(ルーブル下落後、原油価格が高くルーブルの為替レートが高かった数年前は、一人当たり2万ドルを超えていた)という国内市場を前提に、国際競争力のある、あるいは輸入代替が可能な製造業の育成について、「ナショナル・チャンピオン」育成を通して実現する、これがロシアの政策的目標のようである。
しかし、国際競争力を持ちうるような企業を育成するためには、少なくとも国内企業間での激しい競争に晒す必要があること、それが無理であるならば、何らかの手がかりを軸にグローバル市場での競争力を当初より実現可能な方法を模索する必要がある。これが日本や韓国そして台湾の発展と、それらの国での国際競争力のある自国系先端工業企業の形成が示唆するところであろう。ロシアの国内経済規模が、現代工業の先端的な企業が競争的に存立するには、十分な市場規模をもたないというのであれば、当初より何らかの形で、国際競争力を持つ自国系企業を育成する必要があろう。しかし、この記事を見る限り、その先頭を走っているはずのUACさえ、その可能性が見えて来ていないということになろう。
しかも、ロシアの石油収入の投入は、このような方向とは全く異なっているようである。競争を回避し、国民に価格が高いばかりはなく質的にも劣る財を提供して、良しとしているのが、ロシア政府のようである。制裁を契機に輸入代替化による国内工業再興を目指すとしているが、海外で売れない粗悪で高いものを生産する企業の存立を許容するような輸入代替化政策は、ロシア経済の自国系企業による再工業化のためには百害あって一利なしである。
*スホーイ・スーパージェット100の姿は、ロシア工業が、現時点で、工業諸産業の中でもっとも技術水準が国際水準に近い、ないしはそれに並んでいると言える航空宇宙産業、そこでの民需向け製品が、どのようなものであるか、あるいはどのような問題を抱えているかを示唆するものと言えそうである。このリージョナル・ジェット機は、2011年にロシア当局の型式証明を取得したとのことであるが、その後の海外でのデモ飛行で、墜落事故を起こしたことが、かつて報じられたと記憶する。現在でもあまり多くない台数が実際に航空路線に就航しているのだが、その主要採用航空会社であるロシア国有アエロフロートの路線で、今回の事故は生じている。しかも「事故以来、メーカーのUAC(統一航空機製造会社)は修理契約の更新を拒否された」とのことである。それ以前にも、同機を採用した海外の航空会社でも、今回の事故以前に、UACのメンテナンスで問題が生じ、大きなトラブルとなっている。
これらのことは、根本的に、UACにはメーカーとしての保守点検修理体制に問題があることを示唆する。この点は、機体自体の問題と同様、あるいはそれ以上にUAC、そしてロシアの工業の問題点を示しているように思われる。海外の部品を使えば、海外市場に売り込める旅客機を(一応)企画開発設計そして製造することができる。これがUACの航空機設計での技術的に見た水準であり、それなりの水準を示していると言える。MRJの開発で苦闘している三菱重工を凌駕しているともいえるのかもしれない。しかし、民需用航空機メーカーにとって必要なのは、売り込んだ後の保守点検修理の体制を構築して、ユーザーである採用航空各社が安心して機体を運用できることでもある。機体として満足が行くことは、いわば航空機メーカーとして半分を実現したのに過ぎない。
ロシア政府としては、今後、部品の国産化を目指すとし、記事では、それ以前に完成航空機の機体の開発設計が問題であるとしている。同時に指摘されるべきは、機体自体の設計とともに、航空機メーカーとしてのアフターサービス体制に大きな問題があること、これを改善できないことには、ボンバルディア等に対抗することは、全く不可能ということも、この記事の内容が示唆することであろう。アフターサービス体制を根本的に見直すことも、UACが国際競争力のあるメーカーになるためには不可欠であろう。
ただ、私は、この点で、極めて悲観的である。旧ソ連の工業の最大の欠陥は、市場で優位に立つための顧客向けのサービスをおこなえなかったことであったと記憶する。ロシアの現在の工業企業は、この点を克服できたのであろうか。この記事の他の部分、輸入代替化を目指した国内向けの製品が「高かろう、悪かろう」であるという滅茶苦茶な状況にあることの紹介は、この点が全くロシア政府に理解されず、競争圧力がないため、企業にも関心がないこと示唆している。このような姿勢と環境が是正されない限り、ロシア系企業の生産する工業製品の国際競争力の実現は全く不可能であると思われる。
この最後の点は、旧ソ連の工業の持っていた特性とも言えることである。工業化した過程を根本的に壊すような変革が、ロシアの国有企業を中心とした工業大企業には生じておらず、逆にそのあり方が、その他の工業企業にも浸透しているということであろう。中国の場合、少なくとも民需用の諸工業製品については、民営企業が台頭し、国有大企業に取って代わったことで、競争原理を前提した企業経営が、新たに多くの工業企業にもたらされている。競争的市場で生き残った国有企業については、民営企業が主導している競争的な市場での企業経営を受け入れている。これがロシアの工業企業の現状との大きな差異となろう。
参考文献
服部倫卓「迷宮ロシアをさまよう スホーイ・スーパージェットの大事故でロシアの宿願が窮地に」globe. asahi. com , 2019.05.14